頭上で跳ねた無数のガラス片

バンに乗り込んで約1時間、今日の現場に到着した。老朽化で閉館したデパートらしい。これから10日間、どんな仕事をするかさっぱり分からないが取りあえずこの建物をぶっ壊して更地にするというのが現場の最終目標である。

解体現場
筆者撮影
早朝現場に着くとまずは1時間待機。その後朝礼が始まる

ユンボで地面を掘り返すとおびただしい数の鉄筋がぐちゃぐちゃになって飛び出してくる。結局こんなにぐちゃぐちゃにするのなら、こんな粗大ゴミ初めから作らなければいいのではないか。スクラップ&ビルドばかり繰り返して、無駄なことばかりしてバカなんじゃないか。

そんなことを考えながら粉じんに水をまいていると、3階から「ガガガガガ」と耳をふさぎたくなるほどのごう音が聞こえてきた。そんなむやみやたらに壊して大丈夫なのだろうか。まだ壊しちゃいけない場所まで壊して一気に倒壊しないだろうか。

解体現場の作業員が下敷きになって死亡する事故をよく目にする。今までは他人事だったが、もうそういう訳にはいかない。ついに振動で3階部分の窓が割れたのか「バリバリ」と音がした。思わず上を向くと無数のガラス片が降ってきている。とっさに下を向くとヘルメットの上で無数のガラス片が跳ねた。

中には15センチ角ほどの鋭利なものもあり、ヘルメットがなければ今頃私は脳みそを垂れ流しているだろう。肩や腕に当たっていても切り傷では済まない。

S建設とは別のドカタ軍団、T組の一員である高見さんは、バーナーで鉄筋を切るのに夢中で気付いていない。その体勢だと背中にガラス片が思い切り刺さってしまう。「高見さん! ガラス! ガラスが上から降ってきています!」と私は叫んだ。

「気い付けえや」

高見さんはそういうと再び鉄筋を切り始めた。背中に刺さったらどうするの? ヘルメットをしているとはいえ、首筋のけい動脈を切られたら本当に死んでしまう。私はホースを投げ出し安全な場所へ逃げ出した。ガラスの雨が収まると、私は高見さんの元に駆け付けた。

安全帯をつけずに穴に落ちて死んだ作業員

「ガラスが落ちてくるなんて日常だぞ。そのためにヘルメット被っとるんやろ。解体の現場はこの業界でも一番ケガが多いんや。ある程度は覚悟持ってやらんと仕事にならんで?」

解体現場
筆者撮影
2020年9月に再度訪れると解体現場は更地になっており、タワーマンションの建設中だった

運が悪ければ死んでもおかしくないということか。たしかにガラス片を気にしていたのは現場で私だけ。3階で重機を動かしている人間も、窓が割れたことにすら気付いていないだろう。

「違う現場で安全帯つけんと作業していたやつがいてな、そいつは目の前で穴に落ちて死によってん。とんだ迷惑や。兄ちゃんも気を付けや。重機に背中向けるのは殺してくれって言っているようなもんやで」

夕方を過ぎると一気に空が暗くなってきた。ポツポツと雨が降っている上にジェット噴射の水が身体に跳ね返る。ユンボが掘り返した穴の粉じんが舞わないように水をまいているのだ。そのせいで、体中が泥だらけになってしまう。17時になると道具の片付けも途中のまま、定時ちょうどに帰らされた。バンに乗り込み、タイヤの上で揺られながら、飯場の1日目が終了していった。