死にたいと泣く母に「死んでもいいよ」

【乙武】今回の本は、書くに当たって、新たに家族に取材とかも?

【岸田】いいえ、どちらかというと自分に取材するほうが多かったんですよ。

【乙武】自分に取材? どういうこと?

【岸田】「なんで、あのとき、私、こんなこと言ったのかな」とか、「あのときどう思ったんだっけ」とか、振り返るということです。

もう家族に取材といってもほとんど雑談。「あのときこんなことあったけど、どう思ってた?」というレベルです。「どうも別に。あんとき食べたハンバーグおいしかったね」みたいな返答がきて終わりです。

だから、本になってからお母さんから、「あんた、こんなこと思ってたんやね」と感想がかえってきた。「同じ家族でたくさんのことしゃべってたつもりでも、やっぱり家族って近くにおるから一番わかり合えへんな」とも言われたんです。

それは嫌な意味じゃないんです。私はお母さんに「歩けなくてもう不幸だから死にたい」とお母さんから泣きつかれたとき、私は「死んでもいいよ」と答えました。

【乙武】これだけだと衝撃的なエピソードですが、真相は岸田さんの軽ーい気持ちと、お母さんの深刻な気持ちにラグがあったという話でしたよね。

写真提供=小学館
家族と東京駅周辺を散策する岸田奈美氏

【岸田】そう、詳しくは本をお読みいただきたいんですが……。結果だけいうと今回、本を読んで「あ、こういう気持ちで言ってくれたんや」「それは笑い話やわあ」となった。本を書いたことで、家族にとっての共通解釈というか、記憶を再認識できました。子はかすがいと言いますけど、うちは本がかすがいになりました(笑)。

字が書けない弟がページ番号を書き、完成した

【乙武】弟さんとの関係性は、この本を書く過程において、もしくは本を出してから変化した部分ってあったりします?

【岸田】関係性は変わらなくてめちゃくちゃ仲いいんですけど、一緒に外出してもほとんどしゃべらないんです。これは弟が話すのが難しいというのもあるんですけど、一番は、お互い黙っていても間が持つし、心地よい関係性だからです。

【乙武】大人になって、黙ったままで一緒にいられる相手って貴重だよね。

【岸田】はい。字が書けない弟ですけど、私が本を出すって「ページ番号を書いて」と言ったら「よっしゃ」と、1~9まで全部練習をしてくれた。弟のオリジナルの数字をデザイナーの方がページに当てはめてくれて、弟も、お姉ちゃんの本を一緒に作ったと感じてくれたと思う。いや、私のほうが「この世の中で、なにも生み出してない人っていないんだ」と思えたというほうが近いかもしれません。