ペスト聖人の絵には犬が描かれている

そんなペストの守護聖人のなかでもとくに信仰されたのが、キリスト教迫害時代の聖人セバスティアヌスです。セバスティアヌスは、全身に矢を射られて処刑されましたが、一度は奇跡によって傷が治ったとされています。そこから、ペストの矢に当たっても、彼のように生き残れることを人々は祈ったのです。セバスティアヌスを描いた絵には、16世紀イタリアの画家ソドマの〈聖セバスティアヌス〉など有名な作品が多くあります。

ソドマ 〈聖セバスティアヌス〉1525~26年(ピッティ美術館 フィレンツェ):セバスティアヌスは柱に縛り付けられている殉教の場面がよく描かれる。

また、14世紀に懸命にペスト患者の看護にあたった聖ロクスも、対ペスト聖人として篤く信仰されていました。ロクスは自身もペストにかかりますが、犬が食べ物を運んできたり、舐めて治してくれたりしたという伝説があるため、絵画の主題になるときは犬も一緒に描かれるのが通例です。16世紀イタリアの画家パルミジャニーノの〈聖ロクスと寄進者〉にも、しっかり犬が描かれています。

「老いた男と若い娘」カップルがモチーフになるのはなぜか

年老いた男と若い娘のカップルを主題とする絵画が、西洋美術にはときどき見られます。例えば、16世紀ネーデルランドの画家クエンティン・マセイスの〈不釣り合いなカップル〉や、19世紀ロシアの画家ワシリー・ウラディミロヴィッチ・プキレフの〈不釣り合いな結婚〉などがその代表例です。

クエンティン・マセイス〈不釣り合いなカップル〉1520~25年(ナショナル・ギャラリー ワシントン):女性が手にしているのは老人の財布。後ろにいる間男にそれを渡している。

この主題には当時のヨーロッパの社会状況が関係しています。ヨーロッパでは昔から、娘が結婚する場合、基本的に親は持参金を持たせる決まりがありました。その額は一般庶民でも100万〜300万円にもなりました。もちろん、貧しい家はそんな持参金は用意できません。その場合、娘は奉公に出るか、修道女になるか、娼婦になる程度の選択肢しかありませんでした。

池上英洋『大学4年間の西洋美術史が10時間でざっと学べる』(KADOKAWA)

いっぽう、当時は様々な職業にギルドがあり、都市の男性はそこに所属していました。そして、ギルドから親方資格をもらい、家族を養えるだけの経済力を持つまでには、長い修業期間がありました。そのため、必然的に男性の結婚年齢は上がります。また、女性の出産時感染症による死亡率は高く、妻を亡くした男性はすぐに次の若い妻を迎えます。このような事情があったため、年の離れた不釣り合いなカップルは昔のヨーロッパでは当たり前のものだったのです。

面白いことに、先に挙げたマセイスの作品では、女性が老人の財布を手にとり、後ろにいる若い間男にそっと渡している様子が描かれています。当時はこのようなことも、よくあったのでしょう。

関連記事
「世界一人通りの多い街」にリスク覚悟で巨大アートを置いた美術家の狙い
「人は顔を見れば99%わかる」と断言する相貌心理学とは何か
「桜は裂ける、椿は崩壊する」その土地の歴史を示す危険な地名・漢字
ダウンタウン浜田の「WOW WAR TONIGHT」はなぜ泣けるのか
超ヒット「半沢直樹」の顔芸は名門カトリック系暁星高校の男子校ノリが生み出した