国安法には「法施行以降の行為に適用」と明記されている。確かに彼女は、過去数年にわたって民主化運動の先頭に立って活動してきたが、同法の施行前に所属していた政治団体の香港衆志(デモシスト)は解散しており、活動の幅は大幅に縮小していた。
記者に対し、周氏は「4回逮捕されたが、今回が一番怖かった」と語っている。では、前3回との違いは何だったのか。
香港で罪を犯した場合は、香港で司法手続きが取られるのが前提とされている。ところが、国安法の施行により、状況は変わった。中国本土に送られて裁きを受ける可能性が一気に高まったからだ。
香港当局ではなく、中国の出先機関が関与
ともあれ、アグネスさんはひとまず「塀の向こう」から帰ってきた。ただ、年内には起訴されると予想され、再び市民の目の前から消える可能性が残っている。
国安法の成立に伴い、香港には中国治安当局の出先機関「国家安全維持公署(以下、維持公署)」が新たに設けられた。これもまた、一国二制度を踏みにじるものとして、各国が問題視している機関だ。
この維持公署の職務の一つに、「法に従い、国家安全に反する犯罪に対処する」とある。また、国安法では同法違反の事件について、原則として香港当局が捜査し、香港にある裁判所で司法手続きが取られ、裁判は公開で行われる、となっている。
ところが、ここにも曖昧な規定があり、「香港当局での取り扱いが難しいと判断される重大事案では維持公署が直接捜査し、中国の裁判所に起訴することもできる」とある。
AFP通信は周氏の逮捕時の状況を次のように報じている。
——10日夜、報道陣のフラッシュを浴びる中、香港に新設された国安法専門の治安機関「国家安全維持公署」の署員らによって手錠を掛けられ、自宅から連行された。
さらに、新華社通信は12日、維持公署の談話として、「警察が黎智英らを逮捕したことを断固支持する。国家の安全を害するいかなる行為も断固取り締まることを揺るぎなく支持する」と報じている(談話の日本語文はNHKニュースウェブより)。
こうして読んでいくと、周氏の案件はすでに「香港当局の取り扱い対象」ではなくて、「維持公署が直接捜査する重大事案」になりつつあることを窺わせる。
では、どんな仕打ちがこの先に待っているのだろうか。