ヨーロッパ全体が「反GAFA」ではない

【小林】同じベルリン市内でも、グーグルが参入してうまく行っている地域もあります。そこは昔からの住民がほとんどいない再開発地域です。

【尾原】ですよね。だからグーグルがドイツから追い出されたとか、ヨーロッパが「反GAFA」で固まっているというイメージを持つのは、ちょっと違うと思います。

もともとヨーロッパは「人間中心主義」を標榜しているし、カウンターを自分の中に柔らかく持ち続ける文化もあります。何よりかつて自分たちが誰かを傷つけたことを絶対に忘れないという矜恃も自律的な教育もあります。

例えばシリアなどから難民が来たとき、ベルリン市民は国家が動くより先に、難民を対象にプログラム教室を開くなどして自立を支援した。これは善意や優しさというより、もっと深い歴史や文化に根ざした思想なのだと思います。

僕は『アルゴリズムフェアネス』の中で、これも「アルゴリズム」の一種だと書きました。つまり、ドイツにはドイツの、アメリカにはアメリカの、GAFAにはGAFAのアルゴリズムがある。それぞれ依って立つものが違うので、接点で摩擦が起きることもあります。

でも、僕たちはそれをネガティブに捉える必要はない。いろいろなアルゴリズムを渡り歩きながら、利用したり、批判したりして、自分にとってより居心地のいいものを見つければいいんじゃないかと。今はそれが容易にできる時代だということを伝えたくて、この本を書いたんです。

「審美性」をめぐる思想戦争が始まった

【小林】思想といえば、ヨーロッパで盛り上がっているSDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)やESG投資(Environment Social Governance=環境・社会・企業統治を重視した投資)は、とても大切な社会目標でもあります。一方で、アメリカからは起案されないコンセプトです。

撮影=小野田陽一

その意味で、これは新しい思想戦争とも言えます。この新たな思想に則ったビジネスがゲームチェンジャーになる可能性を秘めています。

【尾原】そうですよね。テクノロジーに対して法律だけで戦争しようとしても、言い方は悪いですが勝ち目は薄い。そこで「SDGsをベースに考えよう」と訴え始めたわけです。つまりゲームそのもの変えようとしているんですよね。

尾原 和啓『アルゴリズム フェアネス』(KADOKAWA)

【小林】例えば今、ベルリン発祥の「インファーム」というパーティカル・ファーム(垂直農業)の企業が世界中から投資を集めて急成長しています。これは都市型農業であり、要するに都会のビルの中でAIやバイオ技術やLEDなどを使って野菜を栽培することで、環境への負荷や物流コストを大幅に軽減しようというわけです。

【尾原】バーティカル・ファームの場合、単に「野菜を効率的に作れます」というだけでは、価格勝負になります。でも、そういう野菜を選択することが美しいとか、アイデンティティの問題であるという言い方をされると、見方がちょっと変わってきますね。

つまりヨーロッパは、「審美性」や「倫理性」という新しいアルゴリズムを前面に押し出して、テクノロジーイノベーションの主役に躍り出ようとしているように見えます。

【小林】それが作為的ではなく、本気でそう考えているから強いわけです。ゆえにアメリカ的自由主義に対する新たな思想戦争と考えます。