スティーブ・ジョブズが若者だったらベルリンにいた!?

【小林】2003年から2009年には、ここに「Bar25」という伝説のバーがありました。ベルリンはクラブカルチャーでも有名ですが、今も伝説となるパーティが繰り広げられたカオスな空間で、脇を流れるシュプレー川の対岸から泳いで訪れる客もいたほど大人気のバーでした。閉店時には、1週間もパーティが続いたそうです。

撮影=小野田陽一

【尾原】「Bar25」という名称にも意味があるんですよね。世の中を変えるイノベーションというものは、昼の会議室ではなく、25時以降のバーで起きるものだと。それがこの店に入り浸る人のスタイルだったんですよね。

【小林】ベルリンの25時はまだ宵の口ですからね(笑)。日本人の感覚からすると、頭がおかしいとしか思えないでしょう。もう何でもありの世界で。その創業者たちが、ホルツマルクトの運営の中心メンバーになっているわけです。

一貫しているのは、創造性に富んだエピキュリアン(快楽主義者)であること。仰るとおり、そんなクラブカルチャーがイノベーションの原動力になっています。だから僕は、もし今スティーブ・ジョブズが若者だったとしたら、ベルリンにいる気がします。

【尾原】そんな匂いはありますね。カウンターカルチャーとテクノロジーと欲望が混ざり合って、それを肴に25時から深く人類の未来を語り合うみたいな。

【小林】そうそう。加えて、ベルリンにはハッカー文化も脈々と流れています。カオス・コンピュータクラブとか。そういう意味では、カウンターカルチャーとテクノロジーはセットですよね。ベルリンのクラブカルチャーもそうだし、前回お話ししたSXSW(サウス・バイ・サウスウエスト=テクノロジーの大規模イベント)もそう。昔のサンフランシスコも、僕が関わっている「TOA(Tech Open Air)ワールドツアー東京」もそう。ビジネス文脈だけでは捉えきれない、カオスからイノベーションが生まれるんじゃないかと思います。

ベルリンでイノベーションが豊かだった理由

【尾原】一方で『After GAFA』の冒頭で書かれていましたが、クロイツベルクでは最近、グーグルの「キャンパス」という施設の建設計画が頓挫したんですよね。

【小林】そうですね。理由はいろいろありますが、「ジェントリフィケーション(都市の富裕化現象)」は大きいでしょう。最近でもクロイツベルクの地価が以前の10倍に跳ね上がり、実はホルツマルクト自体が存続の危機に直面しているんです。有名な「キットカットクラブ」をはじめ、多くのクラブが消滅の瀬戸際です。ただ市にとっても重要な観光資源なので、今年の年頭これ以上家賃を上げてはいけないことになりました。とはいえ、まだ予断を許さない状況で、今後どうなるかはわかりません。

【尾原】グーグルが参入計画を立てたこと自体が、地価高騰の一因だと。

そもそもベルリンでイノベーションが豊かなのは、地価が極端に安かった東ベルリンと統合したからですよね。そこに若い人が吸い寄せられ、彼らが新しいカルチャーやテクノロジーを持ち込んでベンチャーを立ち上げたりした。

それをサポートしようと考えたのがグーグルたったのです。ところが、それがますますベンチャーの吸引力になり、地価の高騰を招いてしまったという風に受け取られてしまった。だから「出ていけ」という話になったのかなと。