危機とは反対に、成功経験というものはかえって危険な一面を持っています。汚水流出事件の翌年の89年、売り上げ挽回を狙って発売した新商品「神戸コロッケ」が大ヒットしました。
私は「やった!」と思う半面、「これはいつ売れなくなるだろう」という焦りのようなものを感じました。
成功をめざしてがんばっている間は気持ちいいものですが、一度成功してしまうと今度は「うまくいかなくなったらどうしよう」と恐ろしくなってきます。
時代は常に動いています。変化する時代に合わせ、私たちは常に新しい挑戦を続けていかなければなりません。一時の成功に甘え「これぐらいでいい」と思って努力をやめたとたん、一気に後退してしまうのです。
最近、司馬遼太郎著の『新史太閤記』を読んだのですが、40年以上商売をしてきたからか、若い頃『新書太閤記』を読んだときとはだいぶ受けた印象が違いました。
まず思ったのは、「秀吉というのは大変な商売人だった」ということです。秀吉はもともと武士の出ではなかったし、彼のなしえたことはすべて、人心を掌握する優れたマネジメント力、時代の流れを読む鋭いマーケティング力があってのことだったと感じるのです。
秀吉が竹中半兵衛を三顧の礼をもって迎えたことはよく知られていますが、秀吉は若い頃からよく人を見て、その人の力をうまく生かしています。
私は独立して初めて欧州料理店を開いたとき、あるホテルから「この人しかいない」と見込んだシェフを招きました。彼の働いているホテルに毎日通って「私にはあなたが必要です」と訴え、「私を大きく上回る給料を払いますから」とお願いして、ついに来てもらうことに成功したのです。彼のおかげで店は行列ができるほどの人気となり、いくつも支店を出すことができましたし、彼から多くのことを学びました。そのことが今日の発展の礎となっていると思います。
人は一人で何でもできるわけではないので、自分にはない能力を持った人を集め、その力を生かして事業なり国の運営を行ってゆくことが重要になります。つまり人間のマネジメントです。
まだ無名だった秀吉も、おそらく半兵衛の軍師としての才能に惚れ込んで、厚遇を約束して懸命に口説いたのでしょう。招かれた相手にとっては待遇以上に、「自分の力をそこまで買ってくれた」ということが大事なのです。