スタンフォード監獄実験の恐怖
1971年、スタンフォード大学である実験が行われた。
大学生21人を、無作為に「看守役」と「囚人役」に振り分け、監獄での生活を体験させてみた。すると数日のうちに、看守役の大学生たちは、囚人役の学生に次々に暴言を浴びせ、バケツに排便させ、手でそれを拭かせるなどの虐待が頻発するようになったのである。
囚人役の学生が次々に精神異常をきたすようになったため、2週間の予定だった実験は6日間で中止された。
最初は「同じ人間同士なのに、命令するのは居心地が悪い」と語っていた学生たちも、数日で「囚人を苦しめるのは楽しい」と発言するように変貌していったのである。
人は自分が「正しい」立場に置かれると、どんどん暴力的な行動をエスカレートさせる生き物であることが、この実験でリアルに実証されたのだ。
正義感をゆがめる脳のメカニズム
ではなぜ、「正義感」はゆがんでしまいやすいのだろうか?
私たちにとっての「正しさ」は、遺伝子によって決められると考えられている。遺伝子にとっての「正義」とは、自分という個体が生き延びること、「遺伝子の複製」つまり自分の子どもたちが生き延びることである。
だから「遺伝子を共有する者」、自分と家族、親族の利益になることは正しく感じられ、それに反する者は「正しくない敵対者」として認識される傾向にあるのだ。
法律などによって定められている「社会正義」では、社会を構成する人たちはみな、法の下に平等であると考えるが、遺伝子の正義を実行する「感情のシステム」は、「利己的」な行動を取ろうとする。
この矛盾を解決するため、少しでも「正しい」という理由が見つかれば、「正義感」という感情が暴走して、「自粛警察」などの行動を起こしやすくなるのである。
快感物質ドーパミンが脳の暴走を助長
正義感に駆られて行動しているときの脳内では、神経伝達物質のドーパミンが多量に分泌されている。
ドーパミンは「脳内麻薬」とも呼ばれる快感物質の一種で、ゲームや恋愛、スポーツや闘争の中で分泌される。統合失調症ではドーパミンの過剰分泌が幻覚、妄想を引き起こすとされている。実際、恋愛やゲームに「はまって」いるときは、精神が高揚し、気分爽快になり、現実感が失われてくる。
自分が「正義を実行している」と感じられるときは、ドーパミンのために現実認識が甘くなり、快感に駆られて、いっそうその行動が過激になってくる。ネットで「正義感」が暴走しやすいのも、このためである。