ウイルスの行きつく先

発症前の感染者や無症状の患者から、ウイルスの拡散を食い止めるためには、感染症の専門家が提案している「人と人の接触を減らす」しかない。「3つの密」を減らすことである。

ウイルスからみれば、感染した人が触る物により強く、そしてより長いあいだ付着する能力、感染者により強い咳を誘発させる能力を持つ変異体が、自らの遺伝子を存続させるのに有利なのは明らかである。

ウイルスの性質を変化させるのは突然変異である。生物が増殖する過程で生じる突然変異は、ランダムに生じる。感染力をより低める変異も、新たな感染ルートを持つようになる変異も、同じような割合で生じているのだ。生物は目的をもって変異するわけではなく、偶然に変異が起こり、生じた変異のなかから、その時の環境に適したものが生き延びて、増殖する。それが生物の宿命である。

そのためウイルスがどんな変異を持とうとも、ウイルス自体を広げないことが大事である。肺炎で亡くなられた方とその遺族の方々には無念と追悼の意しかないが、ウイルスにとってみれば、亡くなった方が物理的に誰にも接触せずに埋葬されるならば、ウイルスも消滅するしかないのである。

だがコロナは無症状の患者にも一定の感染能力を持たせる性質を備えているため、3密と呼ばれる限られた条件でどんどん感染できる。ところがウイルスも集団感染(クラスター)の連鎖をひとつひとつ追いかけられて、感染した人を隔離されるとクラスターの発生した施設のなかでは生き延びるかもしれないが、クラスター以外の人に感染できない。

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ウイルス目線で考えると、彼らが生き延びることができるには、次々と感染するホストがなくてはならない。感染ルートを断ち切るためにソーシャル・ディスタンス(社会的距離)、つまりウイルスが新たな行き先を断つことが必要ある。

ホモ・サピエンスのコミュニケーション能力を利用した増殖戦略

社会的距離を徹底すれば、コロナは感染、つまりさらなる増殖ができなくなり、感染したホストのなかで消失するだろう。

人という生き物が進化の過程で、コミュニケーションを発達させることで繁栄することができた点は、ウイルスの初期感染を拡大させた理由だ。

僕たちの祖先が狩りをする際に、複数の人間が合図をして、大きな獲物を得ることができたグループのほうが、より生き延びやすかったと言われている。その特徴をよく持っていた種がホモ・サピエンスである。ホモ・サピエンスはネアンデルタール人よりも、より大きな集団で狩りをすることが得意であったため、現代人の遺伝子の多くを占めるようになったと考えられている。

祖先が獲得したコミュニケーションを持つという性質が、今回のウイルスと戦うときにはあだとなった。おそらく適度なコミュニケーションが保てないと調子がおかしくなる人はかなりの割合で存在するはずだ。

だが狩猟の必要性のない僕たち現代人には、ネットコミュニケーションがある。保存食と進んだ医療もある。流通と医療をいかに崩壊させないかが、ウイルスの防波堤になる。テレワーク、オンライン会議、オンライン飲み会が可能な現代は、増殖を果たしたいウイルスにとっては脅威でもあるだろう。

しかし最新のモデル研究では、広範囲での社会的距離戦略を採用することがウイルスの抑え込みには格段に有効であると示されている。僕たちの行動変容の範囲も再考する必要はないのだろうか。