価格転嫁できなければ従業員を削減も
ただし、企業の立場から見れば、人件費の増加により収益が圧迫される。飲食業や小売業など、労働集約的で最低賃金付近で働く労働者が多い産業ではその影響が特に大きい。このような状況に直面した企業は、(1)従業員の雇用調整、(2)販売価格への転嫁、(3)人件費以外の支出の抑制、(4)労働生産性の向上、といった対応をとることが考えられる。
(1)は、人件費の増加を抑えるために企業が従業員数の削減や労働時間の短縮を行うことを意味する。これにより人件費の増加を抑制することが可能だが、無理に労働力を減らせば、業務の効率性の低下や事業活動の縮小につながりかねない。
(2)は、人件費が増えた分、販売する製品やサービスの価格を引き上げて消費者に負担を転嫁することを指す。しかし、現実に販売価格に転嫁できるかどうかは業種や地域の特性によるだろう。競合他社が多い環境下で販売価格を引き上げることは容易ではない。
(3)のように企業が機械設備や研究開発、海外展開など、生産能力増強や事業拡大に充てる費用を減らす可能性もあるだろう。こうした投資が抑制されれば、企業の成長力や価格競争力を弱めかねない。
(4)の労働生産性は一人1時間(マンアワー)の労働投入が生み出した製品やサービスの価値(付加価値)を指す。最低賃金の引き上げは従業員の平均時給を上昇させるが、同時に労働生産性を高めることができれば、利益への影響を抑えることができる。
労働生産性を高める企業の取り組みとしては、OJTやOFF‐JTを通じた従業員の業務遂行能力の向上、設備投資による資本装備率(従業員1人当たりの資本ストック水準)の引き上げ、イノベーションやブランディングによる自社製品・サービスの価値向上などが挙げられる。
このように、最低賃金の引き上げは消費活性化やデフレ脱却、企業の生産性向上に資すると期待されているものの、企業が取る対応策の内容によっては、こうした効果が発現しない可能性がある。
例えば、企業が雇用や労働時間を削減すれば、労働者(すなわち消費者)が受け取る給与の総額が増えるとは限らない。また、生産性向上は企業が日ごろから取り組んでいる重要課題であり、それを最低賃金の引き上げのみで実現できるか否かは判然としない。
最低賃金の引き上げによる経済への影響は、きわめて実証的なテーマであり、これまでに数多くの先行研究が存在する。そこで以下では、雇用や生産性への影響に焦点を当てた分析を紹介する。