需要の減少は天の与えてくれた絶好のチャンス

歴史を振り返れば、経済は成長と停滞を繰り返すものである。感染症だけではない。日本の産業は、これまでにもさまざまな外生的なショックに見舞われては、それを乗り越えてきた。

そのひとつが2008年に起きたリーマンショック後の世界不況だった。わが国でも倒産する企業が相次いだ。自動車産業もこの大波にのみ込まれ2000年代の後半には極度の販売不振に陥る。巨大グローバル企業が次々と破綻に追い込まれるなかで、トヨタも60年ぶりという営業赤字に転落する。

この危機をトヨタはどのように受け止めていたか。当時の会長だった張富士夫氏のインタビュー記事がある(『文藝春秋』2009年3月号)。そこで張氏は、この金融危機に端を発する需要の減少に慌てず、流されず、この販売不振が自社にもたらす影響のポジティブな側面を見すえていた。冷静な理詰めの思考を語るなかで張氏は、「需要の減少はある意味で天の与えてくれた絶好のチャンス」と述べる。

販売不振が、なぜチャンスとなるのか。なぜ危機がチャンスなのか。

張氏は、受注が減っているときには、工場のラインを止めても、営業などの部門との軋轢が生じにくいことを挙げる。受注が相次ぎ、ひっきりなしに車をつくり続ける必要があったときには、できなかった生産工程の見直しや、設備の手直し、工場間のラインの移設、あるいは調達する原材料の変更などを行うチャンスとなる。

生産の現場だけではない。マーケティングにおいても同じことがいえる。世界各国で現地のニーズにこたえたきめ細かい製品やサービスの開発や提供を行う必要性は感じていても、ひっきりなしの注文に必死にこたえていく状況のなかでは、量産型の画一対応を根本的に見直すことは難しい。需要がダウンサイズしたときこそが、こうした方向性を見直すチャンスなのだという。

あわせて張氏は、その成果はすぐに出るわけではない、とも述べている。実際にこの2009年度にトヨタは黒字転換は果たすものの、営業利益率は0.8%にとどまる(売上18兆9509億円、営業利益1475億円)。財務上は厳しい状況にあったなかで張氏は、以上の発言を行っている。しかしここで改善を積み重ねておくと、「次の好況時に一気に成果が現れて、利益が出る」のだと張氏は述べている。