張氏が「危機はチャンス」といい切れた理由

強い企業に求められる条件は、事業の将来性、収益力の高さ、保有資産の潤沢さ、意思決定の迅速性など多くあるが、「危機にチャンスを見いだすことができる」ことも、そのひとつといえるだろう。

しかし、現在の新型コロナウイルスの世界的な感染拡大の渦中にあって、かつてのリーマンショック後の張氏のように、「これは絶好のチャンス」と大胆にいい切ることができる企業人がどれだけいるだろうか。なぜ張氏はあのとき、危機はチャンスと語ることができたのか。この問題を重ねて検討していこう。

なぜ、あの発言ができたのか。

第1に注目しておきたいのは、張氏がこの記事において、中長期の市場展望を踏まえての発言を行っていることである。このときトヨタの販売不振が特に顕著だったのは北米市場だったが、危機の直前には自動車市場の全体として1700万台ほどだった年間販売が、4割減の1000万台ほどにまで落ち込んでいた。

だが張氏はいう。当時の北米における保有自動車台数は2億5000万台である。年間1000万台という販売数が続けば、平均して1台の車を25年間にわたって使い続ける計算になる。

そのような自動車の使用サイクルの展望は考えにくい、というのであれば、リーマンショック後の販売不振は中長期トレンドではないことになる。この前提をおさえることで、短期の危機を前にしながら、より強靱な企業体質をつくりあげておくために、今何をしておくべきかという発想が生まれる。

第2に、トヨタが高い財務の健全性を保つことに注力してきた企業であることも忘れてはならない。危機にあっても中長期の展望を失わない思考ができるのは、財務の支えがあるからである。

「治に居て乱を忘れず」という。平時にあっても、資金ショートのリスクを低減しておくことが、危機をチャンスととらえることにつながる。