時間の経過を診断や治療に利用する

でも、これは、咳喘息「疑い」の人に対するおそらく一番誠実な診療である。

発作がないときに診療している限り、どうしたって情報が足りない。だから、咳喘息の可能性が高いとわかった時点で、あたかも見切り発車のように咳喘息の治療を開始して、それが効くかどうか様子をみる。

効果があれば、当初の読み通り、咳喘息と診断確定して、引き続き同じ治療を続ければよい。もし薬が効かなければ、それはそれで、「咳喘息を否定する」という診断ができる。次に病院に来たときには、他の病気に対する検査を追加したり治療を選びなおしたりすればよい。

イラスト=うてのての

この場合、医者は、薬が効いても効かなくても一歩前進だ、と思っている。時間をかけて手順を重ねればいずれわかるだろうと踏んでいる。「病気がわからない」のではなく、「行動すればいずれわかる」という考え方である。

医療というのは、時間軸を利用して行うべきものなのだ。時間の経過を、診断にも、治療にさえも利用する。薬を使ってみて、それが効いたかどうかを判断基準に採用することは、情報を集めにくいタイプの病気に対する行動を適切に選び取っていくための知恵だと考える。

ところがこれはあくまで医者の考え方であって、患者からすると違和感がある。「喘息の治療が効かないとわかるまで他の検査をしないなんて、怠慢ではないか?」

「とりあえず効くかどうかわからない薬を投与するなんて、人体実験じゃないか?」
「見切り発車はやめろ」

気持ちはわかる。でも事情をわかってほしい。

診察室で100%の診断を出せない

まず、この医者は、喘息以外の検査を全くしていないわけではない。問診やレントゲンの段階で、すぐわかる他の病気については否定しているのである。医者の頭の中には、「咳喘息でしょう」と言うまでの間に、いちいち言語化していないけれど、多くのリストをチェック済みだ。

☑細菌性肺炎の可能性なし
☑マイコプラズマの可能性たぶんなし
☑結核の可能性なし
☑心臓が原因の咳ではない
☑胃や食道が原因ではない

その上で、診断を、ざっくりと以下のように見積もっている。

咳喘息 60%
アトピー咳嗽(がいそう)10~20%
好酸球性気管支炎 10%
その他 10%ちょっと

数字は私が適当につけた。この数字は、ガソリンスタンドの値段表示よりもすばやく変わっていく。患者にひとつ話を聞くごとに、5%アップ、10%アップ、10%ダウン、とめまぐるしく推移していくかんじ。

咳喘息というのは病気の性質上、診察室で100%の診断を出せない。しかし、咳喘息が一番疑わしい、というところまではたどり着く。私は先ほど「見切り発車」と書いたが、文字通り、ある程度までは「見切って」いる。