もう1つ我々の頭に、江戸時代の仕組みとして刷り込まれているものに「士農工商」という厳格な身分制度があります。士は支配階級である武士、農は農民(百姓)、工は職人、商は商人です。農民は武士の生活を支える年貢を納めねばならないため、重税を課す代わりに身分を2番目に高くし、プライドを持たせたという説明を聞いた方も多いでしょう。

しかし正確には、江戸時代の身分には、主に支配者の武士と被支配者の百姓・町人という2つがあるだけで、村に住むのが百姓、町(主に城下町)に住むのが町人(職人と商人)というように、居住区や職業を表すにすぎませんでした。しかも驚くべきことに、身分間の移動もできたのです。

例えば、勝海舟の曾祖父は越後の農民で、金を貯めて武士の身分を買いました。藩によっては、武士の料金表をつくり、金をもらって武士に取り立てるところもありました。

実は士農工商という概念は古代中国のもので、4つの身分というより「あらゆる人々」意味しました。にもかかわらず、江戸時代に儒学者が強引に日本の社会に当てはめ、それが誤った形で明治以降に伝わっていったのです。

【幕末】坂本龍馬とトンデモ誤報

最後に、その評価が何とか維持された例を紹介しましょう。その1人が幕末に活躍した坂本龍馬です。

私は個人的にも龍馬フリークなのですが、2017年11月にテレビで驚くようなニュースが報道されました。龍馬が歴史の教科書から消えるかもしれないというのです。大学と高校の教員でつくる「高大連携歴史教育研究会」が、歴史用語の精選案を発表したのですが、削除対象としている人名の中に吉田松陰、武田信玄、上杉謙信と並んで坂本龍馬があったのです。

坂本龍馬といえば薩長同盟、大政奉還などの実現に向けて、裏方として近代国家の誕生に大きな役割を果たしたといえるし、そうした縁の下の力持ちの重要性を高校生に教えることは必要だと思っています。

さらにこのニュースを取り上げたあるテレビ報道には驚きました。「坂本龍馬は昔、教科書に載っていなかった」と報道していたからです。

しかしこれは明らかな誤りです。1943年の国定教科書(『初等科国史 下』)には「朝廷では、内外の形勢に照らして、慶応元年、通商条約を勅許あらせられ、薩・長の間も土佐の坂本龍馬らの努力によって、もと通り仲良くなりました」と記されています。

昔の教科書には載っていなかったという誤った報道によって、「龍馬が消えても仕方がない」という気持ちを視聴者が起こさないでほしいと願いました。私のような龍馬ファンは多く、この精選案に反発が殺到し、研究会は2018年3月に用語の選定基準を見直し坂本龍馬を残す方針としました。

(構成=原 英次郎 写真=AFLO)
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