拝金主義よりも背筋主義でいこう

落語には複数の人間や動物などが出てきます。そして時に、「お前はそういうけれども、俺からはこう見えるんだ」と双方が訴え、一方的な見方を拒否します。たとえば「王子の狐」という落語では、人間が詫びながら置いていった牡丹ぼたん餅を、「馬の糞かもしれないぞ」という狐からの目線が見事なオチになっています。

何事も片寄ってはいけません。マジメは一見正しく見えますが、突き詰めれば戦争に発展することだってあります。当事者同士がマジメに傾き過ぎ、その結果として争いが起きる。

アメリカとイランがもめている今、日本に求められる役割はまさに、古来から育んできた中庸の精神で両者のバランスを取ることではないでしょうか? 今回のゴーン氏の一件によって、さらなるバランス感覚が磨かれたとすれば、それは日本人の成長にもつながるかもしれません。

落語家・立川談慶さんの上腕二頭筋と三頭筋のバランス感

落語はそんなバランス感覚を養うのに役立ちます。そして、精神的にバランス感覚を養成するのが落語だとしたら、それを肉体的に磨くのが筋トレです。

私は「シックスパックを目指す!」と気合いを入れて、腹筋ばかり鍛えすぎて腰を痛めてしまう人を何人も見てきました。腹筋を鍛えたいのなら、同時にその拮抗きっこう筋である背筋を鍛えるべきなのです。また、「逆三角形の上半身」を目指したいのなら、その土台である脚を鍛えるスクワットもきちんとこなさなければいけません。

またしても筋トレ的なオチでしたが、ゴーン氏からは「拝金主義より背筋主義」というオチを学ばせていただいたような事件でありました。

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