企業が従業員に与える賃金以外の報酬とは

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企業と従業員との交換関係

第三に、企業が従業員に報酬として与えるのは、賃金だけではない。企業と従業員との雇用関係は、一種の交換関係である。この交換関係の中には明文化できなるものもあれば、お互いの了解もある。仕事をすることによって得られる一般的な職務遂行能力の向上、その企業にしかない職務ノウハウの習得なども企業が与える報酬であると考えることができる。ある企業での仕事それ自体が褒美になることもある。P&Gの賃金はあまり高くないが、同社で働いたという実績が他社に転職した場合に高賃金を生み出すということを売り物にしている。P&Gのマーケティングの考え方をマスターしている人材は、マーケティングを強化しようとする企業にとっては価値があるからである。

逆に他社より高い賃金を支払うことが従業員のコミットメントを引き出す手段になっている場合もある。高い賃金を失いたくない従業員は、会社の命令に従う範囲(命令受容圏あるいは無差別圏という)を拡大させる。忙しいときに会社の事情を優先して残業してくれる可能性が高い従業員は、そうでない従業員よりも会社にとって価値がある。従業員と企業との交換関係を目の前の仕事と賃金だけで考えるのは間違いである。

第四に、従業員と企業との交換関係は一時点で完結するものではない。現在の労働の対価が将来支払われるということもある。年功賃金制度のもとでは、若年期の支払い不足は、年をとってからのより高い報酬によって補填される。長い時間でみると、貢献と報酬のバランスがとれているのである。ある時点だけで従業員と企業との交換関係を考えるのは間違っている。

同一労働・同一賃金の原則にこれらの間違いがあるにもかかわらず、この原則が主張されるのは、職場に明らかな格差、差別があり、それに不満を持つ従業員がいる場合である。中国の従業員は日本人と同じ仕事をしているとは思っていないが、日本人と自分たちの給料との間にはあまりにも大きな差がありすぎると考えるようになってきたから、同一労働・同一賃金という原則を持ち出してきたと考るべきである。公平の判断は何と比べるかによって異なってくる。これまで中国人の労働者は、近辺の工場と比べて賃金が公平かどうかを考えてきたが、ホンダの従業員は日本人と比べ始めたのだ。この変化にどう対応すればよいのだろうか。

かつて東南アジアに進出している日本企業の現地法人の調査をしたことがある。そのときに気付いたのは、日本人出向者が長時間働いているということだった。調査時には、その理由がわからなかったが、ふりかえってみれば、現地の人々との給与格差を考えれば、彼らの抱く不公平感を解消するために長時間勤務が必要だったのかもしれない。この気持ちは実績のない管理職が長時間働くのとよく似ている。しかし、このような方法で不公平感を解消するのは、効率的ではないし犠牲も大きい。このような犠牲を払おうとする日本人出向者も減ってきている。

日本人との間の不公平感を解消する最も効果的で抜本的な解決策は、現地化である。日本人出向者をなくすことである。これまで中国では現地化ということがあまり言われなかった。日本からの技術ノウハウの移転が重視されていたからである。日本の企業は技術ノウハウの移転に関して人に頼らざるをえないところがある。日本企業は、マニュアルに依存しない柔軟な仕事の仕方を強みにしていたからである。これからは、現地の人々の不公平感をなくすための現地化を急ぐ必要があるだろう。