中本さんの料理で一番好きなのは卵焼き

こうして毎日のように「家」に里帰りする力さんの日常は、暴力団員として考えると奇異にも映る。

組長からこんなことを言われた、と本人が話していたのは、「お前、行くところがあってええのう」と笑いながら声をかけられたこと。基町の家から持ち帰る弁当をのぞきこまれ、卵焼きなどをつまんで「お前のばあちゃんは料理がうまいのう」と感心されたこと。まるで自分が褒められたかのように、力さんは喜んで報告するのだった。

力さんが中本さんの料理で一番好きなのは、やはり組長も褒めた卵焼きなのだという。

組長が食べたのは美々さん(ボランティアの女性)が作った方だったかもしれないよ、といじわるに聞けば、「いや、ばっちゃんの方だと思う」と否定し、「昨日も食いよったよ。俺が帰ったらすぐ、おい、卵焼きくれ、って」と続けた。

組長にも平然と接する中本さん

秋山千佳『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』(KADOKAWA)

そんな奇妙な行き来の中で、ある時、基町の家でくつろいでいる力さんの携帯電話が鳴った。力さんは敬語でその電話を受けたが、怪訝けげんな顔をして携帯を耳から話すと、「ばっちゃん、親分から」と中本さんに差し出した。何の前触れもなく起こった出来事に、その場にいた誰もが目を丸くしたが、中本さんだけはまったく動じることがなかった。

「もしもし? まー、うちの息子がお世話になって」

中本さんの声だけ聞いたら、子どもの担任と接する保護者のようだった。先方からは「力のことをよろしくお願いいたします」と丁重に挨拶あいさつされたらしい。

手短に会話を終えた中本さんは、やはり平然としていた。「若い頃は、うちに関連したのが組に出入りしよるのがわかると、組長のところにでも行きよったよ」と言う。そして、相手に心を開いていたら怖さは感じない、結局差別が一番の問題だと思うよ、といつものように語るのだった。(続く)

関連記事
男の性癖のため肉体を改造する売春婦の姿
薬物依存の母親に育てられた万引き少年の半生
モンスター親をふるい落とす名門校の質問
こち亀「両津勘吉と作者のたった1つの共通点」