広島の基町で、恵まれない子どもたちに無料で手料理をふるまう「ばっちゃん」こと中本忠子さん。彼女は「なぜそれをせにゃいけんかというこの子たちの背景を考えてやってほしい」と、暴力団員の子さえも温かく受け入れる——。(第3回/全3回)

※本稿は、秋山千佳『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。

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鼻のかみ方を知らない18歳

NPO法人「食べて語ろう会」が立ち上げた拠点「基町の家」に正午ごろにやってきた18歳の智也さんは、半袖姿ではあるが、鼻水をずるずるとさせていた。蓄膿症だという。ティッシュをつかんで片手で鼻全体をくるみ、両方の鼻を同時にかもうとする。

鼻のかみ方がおかしいことに気づいた田村さんが「ババが教えちゃるけん」と言って正しい方法を伝え、智也さんも片方ずつ押さえてやってみようとするが、染みついた癖が抜けずなかなかうまくいかない。

「もう鼻に詰めとくけん」と智也さんはティッシュを丸めて乱暴に押しこむ。中本さんが「これで彼女がほしいんじゃと」と面白そうに言うと、鼻声の智也さんは「できるんよ、作らないだけ」と反論し、笑いが起きた。

こんな当たり前のことを教えてくれる大人がいない18年間を、彼も生きてきたのだ。半袖からのぞく左の二の腕には、これから毛並みを描きこむというぬえの大ぶりな入れ墨が目立つ。暴力団に近いところで生きてはいるが、彼自身は組員ではない。

午後4時ごろ、中本さんの携帯が鳴る。「もしもし、おる?」。漏れ聞こえるのは明らかに力さんの声だ。「はいはい、おりますよ」と中本さんが言った5秒後には、玄関ドアが開いて、嬉しそうに力さんが入ってきた。