広島の基町で、恵まれない子どもたちに無料で手料理をふるまう「ばっちゃん」こと中本忠子さん。元保護司の彼女は「差別が一番の問題」と言い、暴力団に入った子にも分け隔てなく接していた。その理由とは——。(第2回/全3回)
※本稿は、秋山千佳『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
孫のような存在だった男の子が暴力団員に
2017年5月最初の公民館での食事会。力さんは一人でやってきて、端のテーブルに着くと、黙々と揚げたてのメンチカツやスパゲッティサラダを食べていた。何度もおかわりはするが、見知った間柄のはずの周囲に話しかけようとはしない。
力さんは1年あまり会わないうちに、暴力団員になっていた。
中本さんさえ、しばらくはその事実を知らなかったという。
同年2月、力さんは広島県警に逮捕された。容疑は大麻取締法違反で、所属する組名も表に出たことで、彼が正式な組員になったことを悟ったのだ。
中本さんは力さんが留置されていた警察署から「面会してやってくれませんか」と連絡を受け、駆けつけた。力さんは署員から「ばっちゃんが来たで」と促され、面会室のアクリル板ごしに中本さんと向き合ったが、しばらくは無言だった。限られた面会時間が過ぎていく中で、ようやく発した一言は「俺は悪くない」だった。
裁判を経て、4月半ばに執行猶予つきの有罪判決となって釈放された力さんは、基町の家に姿を現した。中本さんは、なんでこうなったん、と尋ねた。
組員になった理由は、罰金を肩代わりしてもらうためだった。