大作家から学んだ感謝の表し方
同じように半世紀近い歴史と伝統を誇っているのが「クラブ グレ」。現在は2代目の山口さゆりママが店を取り仕切っている。学生時代からアルバイトをし、30歳までに自分の店を持ちたいとがんばった。
「楽しくてしようがなくて(笑)。もし、OLになっていたら、なかなかお目にかかれない人たちと普通にお話ができるんですから……。作家の先生たちはもとより、経済界の重鎮方、歌舞伎役者さんなどがいらっしゃいます」
さゆりママは、そうした日々を過ごしていくうちに、この商売の奥深さ、そこで働く女性たちのプライドの高さを理解していく。いまは亡き作家の渡辺淳一氏のアドバイスのもとに創設されたのが文壇部で、いまでは多くの文学賞パーティーに店を挙げて参加する。いまやクラブ グレには芥川賞をめざす作家志望の女性や女優をめざすスタッフもいる。「彼女たちと一緒に自分自身を磨きたい」と、さゆりママは話す。
「渡辺先生もそうでしたが、親しくさせていただいている林真理子先生もとても編集者にやさしい。新作が売れても『自分の才能じゃなくて、彼らが一生懸命やってくれたからだよ』と。どんなに売れても編集者への感謝を忘れない。そうした気配りは、私たちこそ学ばなければいけません」
常連客がくつろげる秘訣
学ぶということで、さゆりママの原点になっているのは、先代が彼女のお披露目を兼ねて同行してくれた地方の老舗クラブへの挨拶回り。とりわけ記憶に残っているのは、名古屋住吉町の名門クラブ「なつめ」の50周年の手伝いに出かけたことだ。
「周囲の誰からも『マダム』と慕われる加瀬文惠ママの店です。札幌や博多の中洲などからも老舗のオーナーママが集まってくるんです。ママたちの立ち居振る舞いに背筋が伸びました。皆さんと知り合うことで、うちのお客さまが地方出張の際にご紹介ができます」
老舗同士のネットワークに加われたという手応えもさることながら、胸を打ったのは、文惠ママの「高級店はいっぱいあるけれど、一流のお店はなかなかないんですよ」との言葉だった。豪華なシャンデリアを吊るし、高い日給でホステスを集めても一流にはならない。
文惠ママの著書『「なつめ」の流儀』に《どんな高級なクラブでも、一流クラブと銘打って開店することは不可能です。なぜなら、「一流」とは、お客さまに育てられ、お客さまが創ってくださるもの。それをきちんと維持し、継続できた時、初めて他人様から「あそこは一流だ」と評価されるものだからです》とある通りなのだ。
このことをさゆりママは、しっかりと心に刻んだ。それが店内のたたずまいに表れている。40年通い詰めた常連客がトップに上り詰めても、若い頃を思い出してくつろげるように、インテリアは歴史を感じさせ、昔のままの風景を残す。それこそが一流の証明だ。
置かれた場所で咲きなさい(渡辺和子著 幻冬舎)
「人はどんな場所でも幸せを見つけることができる」。ノートルダム清心学園理事長だった著者が2012年に刊行した同書は、累計300万部の大ベストセラー。今も読み継がれ、多くの読者の心を救っている。
野心のすすめ(林 真理子著 講談社現代新書)
世間では「腹黒い」「あつかましい」といったイメージを持たれる「野心」。でも、よりよい人生のために、ちょっとでもいいから身の程よりも上を目指すべきだと、「低値安定」の日本人を元気づけるエッセイ。
なつめの流儀 一流の条件、おもてなしの極意(加瀨文惠著 講談社)
「クラブ なつめ」のマダムが、19歳で名古屋市に店を開いてから50年を機に著した自伝。俳優・宇津井健が亡くなる直前に結婚したことでも話題を呼んだ著者が、名門クラブの「おもてなし」を語る。