「自他共栄、精力善用」こそがテーマ
「現場で大切にしている言葉ですけれど、NHK大河ドラマとして放送中の『いだてん』にも登場している嘉納治五郎さんの言葉です。この人はアジア人初のIOC委員なのですが、『自他共栄、精力善用』と言っています。
自他共栄とは、自分と相手が共に栄えるような社会をつくること。相手と競い合うのではなく、相手と共に栄える。これはまさに僕らの目指すところで、ダイバーシティにも通じる言葉ですね。さまざまな人間が集まって、自分たちだけがうまく仕事ができればいいのではなく、みんなで力を合わせて大会を成功させる。それが自他共栄だと思っています。
そして精力善用は、個人の持つ力をよい方向に効果的に使うことが人類全体の平和につながるという意味。まさにオリンピック・パラリンピックのテーマです」
古代ヨーロッパ文明とアジアの文化が混ざり合う
「オリンピックで重要なことは勝つことではなく参加することである」
オリンピックに関する言葉と言えば、必ず近代オリンピックの始祖、クーベルタンのこれが出てくる。しかし、これは彼の言った格言ではない。
オリンピック草創期にアメリカ、ペンシルバニアの大司教エチュルバート・タルボットが述べた次の言葉を転用したものとされる。
「オリンピックの理想は人間をつくることであり、オリンピックに参加することは人と付き合うこと、すなわち世界平和の意味を含んでいる」
小林氏は「クーベルタンはもうふたつ、重要な言葉を残しています」と教えてくれた。
「『人生で大切なことは勝利ではなく、ストラグル(苦闘すること)である』。
勝つことではなく、努力することであるということで、クーベルタンは青少年の教育を意識したのでしょうね。
そして、クーベルタンはこうも言っています。『古代ヨーロッパのもっとも高貴な文明であるヘレニズムがアジアの洗練された文化芸術と交じり合うことこそ大事である』。
彼は1937年に亡くなりますが、その最後の言葉だそうです。これは暗にアジアでやるべき、東京でやるべきだということではないでしょうか。事実、彼の死後、1940年に東京大会が一度は決まったのですが第2次世界大戦のため、時の日本政府は開催を返上しました。
それにしても、クーベルタン、嘉納治五郎ともに、違うものが交じり合うことによって新しい価値が生まれてくるんだと言いたかったんですね。
私自身は今度の大会のテーマはダイバーシティとユニティ(統一性)だと思っています。組織委員会で働くときにこのふたつを肝に銘じておこうと思っています」(敬称略)