天皇家には代々「一物全体食(いちぶつぜんたいしょく)」「身土不二(しんどふじ)」という考え方が伝わっている。前者は食材を丸ごと無駄なく食べることで、その食材が持つ栄養素を偏りなくとることができるという考え方、後者は住んでいる地域で穫れた季節のものを食べることで、環境に体が調和して健康でいられるという考え方だ。

「大膳課でも、大根なら皮は切り干し大根に、葉っぱは炒め物に、魚や肉なら骨はスープをとったりと、できるかぎり余すことなく使っていました。また、旬でないものをわざわざ使うこともありませんでした」

さらに、大膳課には初代主厨長である秋山徳蔵氏の教え、「心を込めて、丁寧に、きれいに作る」が根付いていたという。「きれいに」というのは、見た目の話だけではないそうだ。

「食材の長さや厚みを統一すれば、火の通り方は均一になります。ひいては、味の入り方も均一になる。だから見た目も重要なのです」

紹介している料理写真を見てほしい。これは谷部氏の著書『天皇陛下料理番の和のレシピ』(幻冬舎)に掲載されたもので、谷部氏本人が作った料理だ。鰻も大根も粉ふきいもも、同じサイズにカットして調理、盛り付けされている。

「我々と変わらない献立に、大膳課に入ったばかりの頃は『これでは腕を磨けない』と葛藤もありました。しかし3、4年して、この普通の献立こそ、両陛下に健康でいていただくための食事であり、我々は両陛下の健康を担っている一員なのだと気づきました。同様に家庭料理でも、『心を込めて、丁寧に、きれいに作る』ことが大事だと思いますね」

70代でも一日二回、洋食を召し上がった

当時、宮内庁記者会見で記者から長寿の秘訣をたずねられた昭和天皇は、79歳のときも85歳のときも「腹八分目で規則正しい生活」とお答えになっている。とはいえ、ご高齢になってからも3食のうち2食が洋食では、カロリーが高めになってしまうのではないだろうか。そこで昭和天皇が73~78歳のときに大膳課へ洋食担当として奉職した工藤極氏を訪ねた。工藤氏は当時のレシピを「絵」として記憶しており、紹介したレシピは、著書『陛下、お味はいかがでしょう。「天皇の料理番」の絵日記』(徳間書店)のものをお借りした。

工藤氏によると、「当時、昭和天皇はご高齢でしたから、侍医から大膳課に、『カロリーは1日1800キロカロリーまで』『塩分は1日15グラムまで』『糖分は果物で摂取』『油は乳脂(バター系)も大豆系も含めてできるかぎり使わない』『化学調味料を使わない』と申し送りがありました」。