総本部指導員は協会が直接雇用する正規職員とはいえ、給与は諸手当を含め、月30万円を超える程度。一般の指導員と同じく、自身の空手教室や他道場への指導料などでやりくりをしており、経済状況は決して楽ではない。

2014年5月、尾方さんをはじめとする総本部指導員9人は、労働環境の改善などを求めて、労働組合を結成した。代表者である執行委員長には尾方さんが就任。同時に、結成通知書や団体交渉申し入れ書などを協会の森俊博専務理事(当時)に提出した。

各資料は、いずれも労働組合名と共に「執行委員長 尾方弘二」の名前だけが書かれており、そのほかの組合員の名前はなかった。連名にしなかったのは尾方さん本人の希望で、「他の総本部指導員に協会幹部からの圧力がかけられるのを避けたかった」という思いがあったからだ。

「見せしめ」の懲戒解雇処分

これに対し、協会の反応は冷ややかだった。尾方さんたちは、総本部指導員の過去10年分の給与明細や、賞与額の根拠を開示するように要望したが、協会側からの応答は一切なかった。

この組合の動きとは別に、協会の運営体制を刷新するべく活動を続けてきた代議員の有志団体は、2015年1月に「臨時社員総会」の開催に踏み切った。代議員は全国の支部から選挙で選ばれ、幹部交代などの人事権を持つ特別な立場。総会で中原氏と森氏の解任動議を提出し、尾方さんら組合員も会場の外で行方を見守っていた。

しかし、幹部らは代議員の動きを事前に察知していたため、当日の解任動議は反対多数で否決された。数日後、協会は懲罰委員会を開き、尾方さんが解任を主導した張本人と断定。その日のうちに懲戒解雇処分を決めたという。

会長らの退任を求めていた代議員ではなく、なぜ組合執行委員長の尾方さんだけが解雇されたのか。協会内には、以前も幹部の交代を求めて当時の総本部指導員が会長を退任に追い込んだ騒動があり、尾方さんを解雇することで早期の幕引きを図ろうとしたとみる向きもある。

尾方さんは当時のことについて、「トップの退陣を支持していたので何らかの処分は覚悟していましたが、まさか解雇されるとは思っていませんでした」と振り返る。1人だけ解雇されたことはまるで見せしめのような処分だった。組合は処分を不服として団体交渉を要求したが、協会側はこれにも応じなかった。

そして同年8月、尾方さんは空手協会に対し、解雇の無効と地位確認を求めて、東京地裁に訴えを起こす。