さらに同社は08年、環境関連の特許について、他社と共同で、「エコ・パテント・コモンズ」を設立しました。今ではデュポン、富士ゼロックス、HPなども加わり、100件を超える特許が開放されています。こちらはビジネスチャンス拡大をあまり表に出さず、「環境保護」という受け入れやすいメッセージが際立ちます。それが同社の広報戦略であるのかもしれません。

トヨタの場合、標準化による市場覇権の狙いがあるとしても、FCVとHVの特許無償開放では、若干意味合いが異なるように見えます。FCVの特許を無償開放して以降、世界の潮流は、「ガソリン車の次のステップは電気自動車(EV)」という方向へ向かいました。FCVが広まるとしても、その次の世代の技術と見なされています。相当先を読んだ動きに対し、今からトヨタのスキームに入ることが賢明かどうかと問われれば、企業が二の足を踏んでもおかしくありません。だからトヨタは当初、20年までという期限を設けて早期参加を促したわけですが、契約したのは数十社ほどで、大きなインパクトとはなりませんでした。

ガソリン車の時代が終わったら、次に見えているのはEV

一方、HVはトヨタが世界をリードしてきた分野であり、その特許は虎の子とも言えるものです。ただし、HVはあくまでガソリン車市場内での高付加価値製品。欧米諸国をはじめ中国、インドでも、排出ガスを一切出さないEVやFCVなどへの移行を促す規制へ向けた動きの中にあっては、今後の主流となるとは考えにくいでしょう。ガソリン車の時代が終わったら、次に見えているのはEVです。15年当時は長いスパンでビジネスを展望していたものの、虎の子のHV特許が30年をピークに特許切れが始まるので、ここへきてトヨタはエースのカードを切ったのではないでしょうか。

HVとFCVで築いてきた車両電動化技術は、EVに活かせるものも当然含まれています。それらの特許を無償開放する代わりに、技術指導や支援などによって、EVにおける技術覇権をなんとかして握りたい、という思惑があるのかもしれません。どれだけトヨタの仲間になろうとする企業が現れるのか。今後、トヨタは市場でポジションを確保できるのか。その動向に注目していきたいと思います。

藤野仁三(ふじの・じんぞう)
藤野IPマネジメント
日本企業および米総合法律事務所での知財実務(法制調査、ライセンス、訴訟支援など)に関わり、2005年から東京理科大学専門職大学院教授を務める。18年、経済産業省「平成30年度知財功労賞」受賞。
(構成=小澤啓司 写真=時事)
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