2030年末まで無償提供される特許は、約2万3740件

特許は、独占するために取るもの――。その考えは決して間違いではありません。製薬分野では、特許を持つ会社には莫大な収益が保証されることがあります。裏腹に、特許が切れるとジェネリックが参入し、一気に値段が下がるといった現象が起きています。

しかし現在、製造部門において特許を持つ目的は、特許の実施料を徴収して儲けることから、市場でのポジション獲得へと変わりつつあります。他社から特許の問題で風評を起こさせないための「守り」が狙いなのです。武器ではなく、いわば「特許の鎧」。その傾向が伝統的に強いのが、車一台に多くの特許が関わる自動車業界でした。

2018年フルモデルチェンジした「センチュリー」もハイブリッド仕様に。(時事=写真)

その自動車業界で、2015年、トヨタ自動車が燃料電池自動車(FCV)の普及に向けた取り組みの一環として、約5680件の内外特許を無償開放しました。そして、19年4月にはハイブリッド車(HV)に関するほぼすべての特許を開放することを発表。2030年末まで無償提供される車両電動化技術に関する特許は、約2万3740件に及びます。

特許は取得にコストがかかります。国内で特許を取るには1件につき100万円近くかかり、海外では300万円を超える場合もあります。その特許を無償開放するということは、コスト回収を難しくして、さらには開発技術に対する優位性を放棄することになります。一方、ライバル企業や自動車業界にとっては、研究開発費をかけずに成果を利用できるのですから、歓迎すべき動きとも言えます。メリットの少なそうなこの特許無償開放に、どんな意味が隠されているのでしょうか。

特許による訴訟で世代交代が進む?

15年の無償開放は、FCVという新しい市場を確立するための戦略だった、と考えられます。FCVを普及させるには、燃料供給のためのインフラを置き換える必要があるなど、大掛かりな仕掛けが必要です。社会をその方向に動かすには、より多くの自動車関連企業にFCV市場への参入を促す必要がありました。

特許を無償開放しても、もしFCVという新たな市場がトヨタの特許をベースに標準化されるなら、トヨタの技術覇権が確立するので、メリットは計り知れないほど大きいでしょう。そして、ある特定の技術に慣れ親しむと、その技術を手放せなくなる「過剰慣性」(ロックイン)と呼ばれる現象が起こります。標準化によってマーケットで勝ち上がった企業は急激な伸びを見せ、さらに過剰慣性が働けば、その後は努力しなくても地位を維持できるのです。