退職金などを元手に元企業人の出家者が実践したこと
柴田さんは、企業人時代に培った発想力、行動力で開眼寺を再生していく。退職金などを元手に、あばらや同然であった開眼寺をリフォーム。坐禅堂や、宿泊設備を整えた。
そして、柴田さんが目をつけたのが、寺を企業研修の場として開放し、働く人に寄り添うことだった。そこでは企業に入社した新人や、管理職が開眼寺に集い、座禅で自分と向き合い、「働く意味」などを問い直す。これまで柴田さんが在籍した横河電機や、総合商社の双日、地元長野の企業、公立学校に赴任した教師の研修など大勢が柴田さんの元で研修を行った。
「檀家を多く抱えた寺なら、檀家の目を気にしてしまい、こういうチャレンジはできなかったでしょう」
さらに柴田さんは「自分に続け」とシニアの出家者を増やすべく、宗門に働きかけていく。それが、6年前の「第二の人生プロジェクト」立ち上げにつながったのである。
日本の寺は世襲による継承が当たり前だが……
古代インド仏教に詳しい花園大学の佐々木閑教授は、「出家」について、こう解説する。
「本来、出家とは世俗では手に入れることのできない特別なものを求めて、自分の家族など一切を捨てて世俗を離れることです。お釈迦さまの時代における出家の動機はさまざま。お釈迦様のように『この世は一切皆苦だ』と認識した上で『その苦しみから逃れたい』『生きがいを求めたい』という志を持って出家するケースもあれば、出家そのものに憧れを抱き、『出家ってカッコいいね』とファッション感覚で出家する者も多く存在しました。出家の時点では年齢や資質は問われませんでした。殺人者だって、お釈迦さまや仏教サンガ(出家修行者の組織)は受け入れました。日本のお寺の子弟の“出家”の形態とは、まるで違います」
文化庁『宗教年鑑 平成29年度版』によれば、「出家し、僧侶の資格を得た者」(仏教系宗教団体に所属する教師資格取得者の総数)がおよそ34万人いる。しかし、このほとんどがお釈迦さまのように人生の苦を知り、そこから解き放たれたいと願って遁世(とんせい)したわけではないだろう。お釈迦さまの時代の出家と、現代日本における出家の形態はまるで異なっているのだ。
日本の寺は世襲による継承が当たり前になっている。寺に生まれた子弟は宗門大学などに入学し、一定期間の修行をこなすことで僧侶の資格を得て、寺を世襲していくのが通例である。かくいう私は浄土宗の家に生まれたものの宗門大学に進まなかったため、3期にわたって浄土宗の定める僧侶養成講座に通い、22歳の時に浄土宗僧侶としての戒を授かる「加行(けぎょう)」を満じて、資格を得た。
ただ、そうした世襲とは別に、先に紹介した柴田さんのように会社を早期退職もしくは定年後に「第二の人生」として仏門に入る人々も増えているのだ。その多くは、年齢を重ねてから、別の価値観を求めて世俗を離れたいと願う人なのである。