日本の会社員は社会保障が充実しているので、老後の出家が可能

花園大学の佐々木教授は言う。

古代インド仏教に詳しい花園大学の佐々木閑教授。(撮影=鵜飼秀徳)

「現代社会で本式に出家することは、とても難しいことです。しかし、社会人として定年まで全うし、人生を駆け抜けると、出家したのと同じ状態になる。つまり、シニアは地位や収入を、すでにある程度手に入れてしまっているので、その後の人生において我欲を求める必要があまりない。そのうえ、日本のサラリーマンは社会保障が充実しているので、老後の出家が十分可能です。そういう意味では、人生の後半戦、第二の人生として出家し、仏門に入るというのは、理にかなっているといえます」

しかし、日本の仏教教団の多くは、釈迦の時代のように「誰でも出家できる」(借金を抱える者や、病気の者は例外的に出家できなかったが)わけではない。

先に佐々木教授が述べたように、そもそも古代インドでは、出家者には広く門戸が開かれていた。年齢制限もなく、また、修行メニューもその人の体力や能力にあわせて、できる範囲で行えばよかった。

ところが、日本の仏教の修行内容は、老若男女を問わず一律であるのが通例。道場では「高齢で膝が悪いから、坐禅や正座の時間を短くしてあげよう」などという配慮は一切ない。厳しい規律を守りながら、仏教学を学び、作法などを体得していかねばならない。修行中は束縛そのものであり、精神的にまいって、途中で断念する修行僧も少なくない。

5年間で「柴田さんに続け」と、出家した人が67人も出た

そこに登場したのが臨済宗妙心寺派の「第二の人生プロジェクト」で、リタイア組(60歳以上)の参加者を想定し、ハードルを下げた修行メニューを用意した。体調を損なわないよう休憩も多めに設定し、家族との面会もできる。携帯電話やパソコンも部屋にいる時に限って許可をするという。

そうして、この5年間で「柴田さんに続け」と、出家(得度)した人が67人も出てきたわけだ。

「私のように第二の人生において、寺に入ってもいいという人が増えていけば、無住の寺を再生することができます。また、その方にとっても充実した老後が送れるはずです。今の時代には広く人材を集めることが仏教界に求められています」(柴田さん)

実は柴田さんはこの春、自坊のある長野県千曲市を離れて京都に移住した。近い将来、「第二の人生プロジェクト」に応募して僧侶になった後継者に、正式に開眼寺住職の座を譲るという。開眼寺は柴田さんが私財を投じ、苦労して再生した寺だ。しかし、あっさりと寺を手放すという。

「開眼寺には愛着はありますが、自分の寺という認識はありません。寺は私の所有物ではないですから。ビジネスライクに考えれば、ひとつのつぶれかかったお寺を再生し、次の人にバトンを渡す。ただそれだけです。一般企業でも同じことでしょ」