「基本知識」のなかった東大出の外交官

【佐藤】無線工学を知らなくても、マニュアルがあれば、携帯を使いこなせるでしょう、ということがその参考書に書いてある。学習塾や「受験刑務所」などでは、似たような「教育」が行われ、志望校に受かることが自己目的化した生徒たちも、そういうテクニックをなんの疑問も抱かずに吸収しているわけですよ。

【池上】原理原則が分かっていなかったら、一切応用がききません。「伸びしろ」どころの話ではありませんね。

【佐藤】外務省時代に、こんな経験をしました。勤務していたモスクワの日本大使館に、特製の「盗聴防止部屋」があったんですね。部屋の中にアクリルの台座を置いて、その上に築かれた「箱」です。天井も壁もすべてアクリル仕様で、箱の外側で雑音テープを大音量で流していた。箱の中は完全に防音がされています。秘密のミーティングなどは、その部屋に入ってしていたのです。ところが、ある時、ラジオを持ちこんでスイッチを入れてみたら、普通に放送が聞けたわけです。つまり、外部と電子的に遮断されていなかった。慌てて上司に事の次第を報告すると、「若造の分際で、本省の専門家が設計したものに意見をするとは、どういうつもりだ」と、こっぴどく叱られました。

怖いな、と思いましたね。叱られたからではなく、電波が入るということは、イコール盗聴が可能なのだという基本知識が、その東大出の外交官にはないのだ、ということを。

受験勉強は最後の1、2年だけの中高一貫校

【池上】東大に入るためには、必要のない知識だったのではないでしょうか(笑)。

池上 彰、佐藤 優『教育激変-2020年、大学入試と学習指導要領大改革のゆくえ』(中央公論新社)

【佐藤】しかも、権威のやることは絶対という環境に慣れてしまったがために、合理的な思考ができなくなってしまった。以来、私はその部屋で重要な話はしませんでしたけれど、幹部たちは変わらず使っていました。そこで話されていたことは、全部ソ連に筒抜けだったことでしょう。

【池上】それも、教育の歪みが生んだ笑えない実例ですね。

【佐藤】そうかと思えば、同じ中高一貫でも、受験勉強は最後の1、2年間しかさせないという、武蔵高等学校中学校のような学校もあります。私は昨年春、中学2年から高校2年の10人の生徒に授業をしたんですよ。

【池上】あの学校は、大学入試センターの「センター試験」が導入されてから、東大合格者数が減ったんですね。東大の二次試験は解けるのだけれど、その前のセンター試験でいい点が取れないのです。