「受験刑務所」化している学校がある

【池上】そういう過程をたどって、成績さえ良ければ、偏差値さえ高ければある程度のことは許される、という思い違いがどんどん増幅されていくわけですね。

【佐藤】中高の教育に関して言えば、教科書を見る限り、その内容がきちんと頭に入るのなら、日本の教育は決して劣っているわけではないと思うのです。ところが、偏差値至上主義の蔓延が、中高生から学ぶ喜びを奪い、学年が上がるにつれて勉強嫌いが増えるような状況を生んでいるわけです。

【池上】どんなにいい教科書があっても、学びの場から半ばドロップアウトしてしまっては、意味がありません。

【佐藤】ドロップアウトしなければOKかといえば、話してきたように、そうではない。一番顕著なのは、新興の学校で、きめ細かな受験指導を売りに東大や医学部の合格者を急速に伸ばしたようなところで、誤解を恐れずに言えば、受験刑務所化していますよね。だから、合格したとたん、学生は「刑期明け」みたいな感じになっている。

【池上】ようやく娑婆に出られた。(笑)

【佐藤】そういう高校から東大に行っても、早慶に行っても、その後活躍する人間はあんまりいない気がします。

詰め込みだけをしてきた学生は伸びしろがない

【池上】今では東大合格者数トップクラスになっているある学校は、偏差値レベルで言えば、かつてはまったく鳴かず飛ばずだった。なんとかしてもらいたいという使命を帯びて着任した校長が、定員割れを覚悟して合格ラインを上げたんですね。経営的には厳しかったのだけれど、我慢して3年続けたら、「あそこはこのレベルの子どもが行く学校だ」と、予備校が勝手に「評価」してくれて、自動的に偏差値が右肩上がりになったのです。ちなみにその校長先生は、かつて「生徒は馬、教師は調教師」とおっしゃっていました。

【佐藤】実際問題、そこの卒業生で、社会に出てから光る仕事をしている人間が、どれだけいるでしょうか?

【池上】それはよく分かりませんが、その学校に限らず、受験に必要なことだけを思い切り詰め込んで、ようやく東大に合格したようなタイプは、それでいっぱいいっぱいで、伸びしろがないんですね。

【佐藤】詰めこみ方も歪んでいたりするわけです。例えば、公務員試験には微分法が必ず出題されます。ところが、ある有名な公務員試験の受験参考書には「冪数を前に出して、掛け算をして、そこから1を引けば答えが出る。なぜそうなるかの原理は知らなくてもいい」といったことが、堂々と書かれています。

【池上】ひどいなあ、それは。