会社の「コアな価値」は情報や分析だけでは見つからない
社会人に求められるスキルは数多くある(図2)。中でも「考えること」こそ人間の持つ最強のスキルだと確信したのは、ある企業買収のプロジェクトに関わっているときだった。
私は当時、M&A(企業の合併・買収)を専門とするコンサルタントとして働いていた。あるとき、クライアントである投資銀行のトップが私たちコンサルタントの用意した膨大なレポートを前に、こう言ったのだ。
「我々がほしいのは情報や分析ではない。この会社の最もコア(本質的)な価値の源泉は何か? ただその一つだけだ」と。この問いは奥深い。
会社中のあらゆる情報を集め、分析しても解は見つからない。それらの情報を分離・結合させ、決定的なポイントを洞察しなければならない。しかも情報として言語化・数値化される以前のもの、つまり従業員の表情や上司の口グセ、オフィスの配置などから「概念レベル」のものを知覚し、細心の注意を払う作業を伴う。
それら何千にもわたる微細なエネルギーを有機・結合してはじめて会社の全体像が立体的に浮かび上がり、その会社の最もコアな価値が見えてくるのだ。
考えることは「最もコスパの高い行為」だ
投資銀行トップの言葉をきっかけに、私は「考えること」について深く考えるようになった。そしてそれは、私が今でも思考の軸に置く一つの信念につながった。
つまり「すべてのものは一見、分かれているように見えるが、実は有機的につながっている。そしてそのつながりの中に潜む本質を問い続けることこそ、最も有効な解を見つける手段である」ということである。
効率的に何かを成し遂げたいのであれば、常に考えて最も本質的なことだけに手をつけるべきである。祖母から「ずつなし(面倒くさがり屋の意)」と言われ続けてきた私にとって、「最も大切なことを一つだけやればいい」と確信できたことは大きな救いになった。
知恵と知識で戦うコンサルティングの世界は、私にとって魅力的だった。
現在ではコンサルティング業界はもう十分に成熟期を迎えていて、業務改革や統計解析のように既存のフレームワークをこなす高級人材派遣業となりがちだが、当時のコンサルタントたちは、ゼロから「考えること」を提供していた。たった一つの本質的な個別解を出すための、いわば「思考職人」だった。
効率は良くなかったが、そこにはプロフェッショナルとしての規律や誇りがあった。上場してお金を得ようなどという発想は微塵もなかった。