ビジネスホテル建設で町家が破壊されていく

私が京町家を一棟貸しの宿に改修する取り組みを始めた2000年代初頭は、まだその価値が見出されておらず、町家は次々と取り壊されていました。

アレックス・カー、清野由美『観光亡国論』(中公新書ラクレ)

そのような事態を、ただ手をこまぬいて眺めるだけでなく、新しい仕組みを作って運用することで、町家と家並みを救いたいと考え、一つ一つ法律や規制をクリアしていきました。やがて町家の宿泊施設転用は一つのムーブメントになり、京都ではその後、数百軒以上の町家が宿泊施設として再生されました。

しかしこの数年で流れは逆行し、今は町家を残すより、小さなビジネスホテルを建設することの方が活発化し始めています。足元の観光ブームが、町家保存から町家破壊へと、さらなる転換を促しているのです。

京都市にも古い民家の保存をうながす規制はあります。しかし重要文化財級の町家であっても、それを守り抜くような断固とした仕組みにはなっていません。

たとえば2018年には室町時代に起源を持つ、京都市内でも最古級という屈指の町家「川井家住宅」が解体されました。オーバーツーリズムが問題になる以前は、不動産業者は古い町家には目もくれませんでしたが、そこの土地がお金になると分かった途端に、町並みは不動産原理に則って、急速に破壊されていきます。

このまま地価が上昇するとコミュニティと町並みが崩壊する

業者は通常よりも高い稼働率と、短い投資回収期間で宿泊施設の事業計画を作り、調達した資金をもとに、次々と町家を買い漁っていきます。

当然のことながら、事業で最も重視されるのは利回りであって、町並みの持続可能性や、住民の平和で健全な生活ではありません。ただし非現実的な数字をもとに回していく計画は、投資ではなく「投機」です。

京都は商業地と住宅地がきわめて近いことが特徴で、それが京都のそもそもの魅力になっています。名所に行く途中に、人々が日常生活を営む風情ある路地や町家が、ご近所づきあいというコミュニティとともに残っているのです。

しかし、地価の上昇は周辺の家賃の値上がりにつながります。土地を持っている人であれば、固定資産税が上がります。観光客は増えていても、京都市は高齢化が進んでいますので、住民はそのような変化への対応力を持っていません。家賃や税金を払いきれずに引っ越す人が相次げば、町は空洞化し、ご近所コミュニティはやがて町並みとともに崩壊していくことでしょう。

観光客が増えて、彼らが落とすお金で地域が潤う、というのが京都市をはじめとする関係者の希望だと思います。しかし現実をみるかぎり、残念ながら、既にそのような楽観的なレベルをはるかに超えている、と言ったほうが適切です。

「観光」を謳う京都のいちばんの資産は、社寺・名刹(めいさつ)とともに、人々が暮らしを紡ぐ町並みです。

皮肉にも京都は、観光産業における自身の最大の資産を犠牲にしながら、観光を振興しようと一所懸命に旗を振っているのです。

アレックス・カー
東洋文化研究者
1952年、米国生まれ。NPO法人「篪庵(ちいおり)トラスト」理事長。イェール大学日本学部卒、オックスフォード大学にて中国学学士号、修士号取得。64年、父の赴任に伴い初来日。72年に慶應義塾大学へ留学し、73年に徳島県祖谷(いや)で約300年前の茅葺き屋根の古民家を購入。「篪庵」と名付ける。77年から京都府亀岡市に居を構え、90年代半ばからバンコクと京都を拠点に、講演、地域再生コンサル、執筆活動を行う。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『犬と鬼』(講談社)、『ニッポン景観論』(集英社)など。
清野由美(きよの・ゆみ)
ジャーナリスト
東京女子大学卒、慶應義塾大学大学院修了。ケンブリッジ大学客員研究員。出版社勤務を経て、92年よりフリーランスに。国内外の都市開発、デザイン、ビジネス、ライフスタイルを取材する一方、時代の先端を行く各界の人物記事を執筆。著書に『住む場所を選べば、生き方が変わる』(講談社)、『新・都市論TOKYO』『新・ムラ論TOKYO』(いずれも隈研吾氏との共著、集英社新書)など。
(写真=iStock.com)
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