麻酔後の幻覚で「浮気がバレる」こともある

私の本職は麻酔科医である。よって、毎日のように全身麻酔後の患者を診ている。その経験からいえば、「大声で叫ぶ」「つじつまの合わない話をしゃべり続ける」「突然、ベッドから立ち上がる」などの不穏な行動をする患者を診ることは決して珍しくない。

麻酔後の幻覚は高齢者に多いとされ、「がん手術後に75歳以上の27%でせん妄が起きた」(公益財団法人 長寿科学振興財団HPより)という報告もある。本件を知った時、筆者の第一印象は「30代で麻酔による幻覚を見るのは珍しい」というものだったが、「若い世代はあり得ない」というわけではない。

また筆者の医療現場での経験上、麻酔後の幻覚状態では、「理性で抑圧している本音」をベラベラしゃべってしまうパターンが多い。典型的なのが、婚外交際中の既婚男性が、付き添う妻の前で愛人女性の名を呼んでしまうことである。ネット上の人生相談でも「全身麻酔後の幻覚で夫の本心を知ってしまいショック」といった悩み相談の投書を見かける。

1992年公開の映画「外科室」では、吉永小百合が演じる伯爵夫人は「私は心に一つ秘密がある。眠り薬はうわ言を言うと申すから、それが一番怖くてなりません」と主張して、麻酔なしでの手術を受けるシーンがある。

マイケル・ジャクソンも愛用した麻酔薬「プロポフォール」

今回の43歳医師が女性患者に使用した麻酔薬のひとつが、プロポフォールである。麻酔後の目覚めが爽快で、熟眠感が得られ、吐き気が少ないので、近年では広く用いられている。

A医師が患者Bさんに手術時に使用した麻酔「プロポフォール」(写真=筒井冨美)

故マイケル・ジャクソンは、薬剤の白濁した外観(写真参照)から「ミルク」と呼んで睡眠導入剤として愛用していたが、次第に量が増えていったらしく、2009年の急死の一因になったとされている。

プロポフォールと幻覚については、1990年頃から報告がある。1992年には、アメリカの病院において「20歳女性がプロポフォール投与後に元交際男性との性経験を告白」という症例報告もあるので、今回事件の30代のB子さんが幻覚を見てもおかしくはない。

麻酔による性的幻覚(Erotic hallucination/Sexual hallucination)を報告する医学論文

麻酔後でぼんやりしているときに、医師が「胸に心電図を貼る」「血圧計をシュポシュポ加圧する」「(婦人科などで)子宮内に器具を挿入」などの正当な医療行為をしたことが、「あたかもレイプされたような幻覚を誘導される」という説もある。