AI活用で「見て、聞いて、感じる」文化交流

同社が強調する、「食文化の国際交流」とは何なのか。臼井氏は「源流をたどれば江戸時代からしょうゆを通して日本の食文化を支えてきた当社が特に重要視している、経営の核になる理念」と語る。

これまで、大阪万博(1970年)や上海万博(2010年)、ミラノ万博(2015)などの機会を捉え、レストラン出店や和食の魅力を伝えるイベントの開催を通じて、さまざまな国・地域の食文化の「融合」を図ってきた。

そうした長い歴史の中で獲得した経験値や人脈をフルに活用して乗り出したのが、今回のライブキッチンだ。臼井氏は「食材や調味料の価値は、完成した料理を食べるだけではなく、できあがるまでのプロセスまで見て、聞いて、感じてもらうことで確実に伝わる」と強調する。

海外客もシェフの説明を聞けるよう、人工知能(AI)を使った同時翻訳システムを配備した。システムは富士通製。マイクで説明するシェフや料理人の言葉をAIが認識し、翻訳された言葉が客の手元のタブレット端末に表示される。英語だけでなく、フランス語や中国語など計20言語に対応。リアルタイムで説明を理解できるよう工夫した。

キッコーマンコーポレートコミュニケーション部長の臼井一起氏(撮影=プレジデントオンライン編集部)

「シェフの方言まで翻訳できるか? これはAIにも経験を積んでもらわないといけませんね」(臼井氏)

これまでになかったからこそ、やってみないと分からない。実験的な取り組みだ。今後は、同キッチンでの「食体験」を国外からの旅行ツアーの中に組み込んだり、複合施設内に同居するホテルなどと連携して周知したりする試みにも着手し、さらなる集客を狙う。

「しょうゆ」海外展開 60余年の歴史

しょうゆ国内シェア3割の同社。海外進出は順調で、国内の食品メーカーとしてはかなりの「優等生」だ。2018年3月期決算によると、海外売上高比率は約6割に上る。さらに2019年3月期には、海外事業の営業利益が過去最高になると見込んでいる。現在、海外の製造拠点は7つ。「キッコーマン」ブランドのしょうゆは世界100カ国以上で販売されているという。

海外展開への皮切りとなった米国への本格進出は、実に1957年にさかのぼる。日本の伝統的な調味料であるしょうゆを「モノ」として売るだけではなく、家庭で「日常的に使われる調味料」にすることを目指した。そのために、現地の人々になじみがある食材と合わせて使ってもらう方法の提案、好まれる調理法の開発などに積極的に取り組んできた。

「照り焼き」を「テリヤキ」にするのに必要な時間は?

「例えば、今の若い世代に『てりやき』と言って連想するものを聞くと、『テリヤキバーガー』などと答える人も多くなりました。ただ、中高年以上の世代に聞けば、日本人ならまず『ブリの照り焼き』と答えるでしょうね」(臼井氏)

しょうゆが、焼き魚や煮物といった伝統的な和食だけでなく、欧米でポピュラーな肉料理にもマッチすることを浸透させる――。それ一つを取っても、一朝一夕に実現できることではない。

「新しい食文化が浸透するには、最低でも二世代はかかると言われています。調味料に関しては、非常に息の長いマーケティング戦略が必要とされるのです」(臼井氏)