常道ははずさずに挑んだ新分野
1997年2月、家庭での焼き肉用に「新撰焼肉」と名づけた「たれ」を発売した。その開発から収益の確保まで、すべての責任を負うプロダクトマネジャー。45歳だった。
新製品は、みそ味ベースの「赤だれ」と醤油味ベースの「黒だれ」。どちらも、210グラム入りのプラスチック容器を使い、希望小売価格は350円とした。先行勢の品よりはやや高いが、本格的な味と、落とすと割れるガラス瓶を避け、工夫した中栓で液だれを防止するなど、差別化を図った。
その本意は、競争相手から市場シェアを切り取るのではなく、肉の家庭消費が増えていくなかで、市場そのものを拡大したい、との点にある。言い換えれば、お客にとっての選択肢を増やすことだ。実は、家計の支出に変化が起き、93年まで醤油への支出額が「つゆ・たれ」を上回っていたのが、94年に逆転した。差別化は、追う立場なら当然のことだろうが、それこそが「お客第一」につながる道だ、と部下たちと確認した。
スーパーを中心に販促活動を展開し、4カ月後には割安の400グラム入りも発売した。だが、ある程度は売れても、販促や宣伝にかけた費用が回収しきれない。
家庭での焼き肉はホットプレートを使い、焼くというよりも炒める感じに近い。どの先行勢もそこに焦点を当て、韓国風の「たれ」を売っていた。でも、自社は「醤油の会社」。日本人がなじんでいる醤油の味を活かすことを、基本戦略とした。ただ、焼き肉用は甘口、中辛、辛口という選択肢が定着していて、醤油味という切り口はなかなか浸透しない。
それでも、基本は変えない。翌年2月、丸大豆醤油をベースに、青じそおろし味とねぎしょうが味の「和風香味だれ」を出し、同時に「新撰焼肉」シリーズに中辛をうたった「赤と黒」も追加した。あくまで醤油ベースが中心。「醤油の会社」なら当然と映るだろうが、その当たり前の道を維持し続けることは、簡単ではなかった。
醤油と同じモノづくりでも、ノウハウの蓄積が不足していた。開発室では美味しくつくれても、生産ラインに乗せると、計算通りにはいかない。技術陣の協力を得て改良を進めたが、量産には苦労した。開花を遂げたのは、6年務めた「つゆ・たれ」の責任者を離れ、7つのプロダクトチームとは別に宣伝などを扱う販売促進部長のときだった。2002年3月に発売した「わが家は焼肉屋さん」が当たり、中核商品に育っていく。これも、醤油ベースの味だった。