大勢の客と脅迫状、裏舞台で安全管理

三越伊勢丹ホールディングス会長 石塚邦雄

1994年の4月下旬、三越銀座店はゴールデンウイークの催しとして、「相田みつを展」を始めた。いまでは、平易な言葉で心に語りかける詩や書で多くの支持を集めているが、当時はまだ、そこまで知られていない。だから、店の幹部に「お客さまがきてくれるか?」と懸念する声もあった。

でも、開催に、賛成した。提案したのは、入社が2年先輩で、販売促進担当のゼネラルマネジャー(部長級)。自分は、店の人事や労務などを受け持つ総務部ゼネラルマネジャーで、着任して2カ月目、44歳だった。

展覧会は、大成功した。8階の催事場でできた行列が、どんどんのびて、階段を下っていく。最後尾に、それを知らせる看板を持って立つ。ときに部下と代わり、店内をくまなく巡った。総務部の大きな責務は、常に、お客の安全を確保することだ。日ごろから店内を回り、万が一、何かが起きたとき、お客をどう安全なところへ誘導すればいいか、反芻していた。でも、予想をはるかに超えた数が「相田みつを展」に訪れた。黙って、念を入れて巡回した。

それには、もう一つ、理由があった。実は、直前に、店に「爆弾を仕掛ける」との脅迫状がきていた。いろいろな紙誌から切り取った字を貼り合わせた文で、何が目的かは書いてない。すぐに最寄りの警察署に届けると、警視庁に報告され、「いたずらの可能性が大きいが、警戒しよう」となる。連日、店に警察官が張り付いた。