「ぼくは失敗を糧に少しずつ階段を上った選手」
江川が燦々と照らす太陽ならば、大野は月である。
早くから将来を嘱望された江川は87年シーズンを最後に引退している。一方、ドラフト外で入った大野豊が同級生の中で最後まで現役を続けることになった。
「ぼくは一軍で本当に凄いと思われるようなピッチャーじゃない。どこにでもいるような選手なんです。そんな選手が、時間を掛けて少しづつ大切なことに気がついたり、自分の進むべき方向を見つけていった。期待されてプロに入っていれば、そんな時間は与えられなかったかもしれない。大したピッチャーじゃなかったから、壁を乗り越えるきっかけを見つける時間があったんですよ。ぼくは全てを一気に飛び越えていきなり成功できるというタイプじゃない。ぼくは初登板で大失敗している。プロとして大切なのは、ああいう失敗や挫折をどうやって乗り越えるか。失敗を糧に少しずつ階段を上った選手なんです」
人には成長の速度がそれぞれ違う。大野はゆっくりではあったが、少しづつ目の前の壁を乗り越えて行った。ドラガイの彼には、その時間があったともいえる。
そしてこうも言う。
「自分一人だけで成功するっていうことはほとんどあり得ない。出会いとか巡り合わせで人間はできていく。そういう人と出会えるかどうかっていうのが大きいんじゃないかな」
ノンフィクション作家
1968年生まれ。早稲田大学法学部卒業後、小学館に入社。『週刊ポスト』編集部などを経て、1999年末に退社。スポーツを中心に人物ノンフィクションを手掛ける。著書に『ドライチ ドラフト1位の肖像』(カンゼン)、『偶然完全 勝新太郎伝』(講談社+α文庫)、『球童 伊良部秀輝伝』(講談社)、『真説・長州力 1951-2015』(集英社文庫)、『真説・佐山サトル タイガーマスクと呼ばれた男』(集英社インターナショナル)などがある。