「キャッチボールはキャッチボールで終わらない」
江夏がまず説いたのはキャッチボールの重要性だった。
「キャッチボールを疎かにするな、と。キャッチボールはキャッチボールで終わらない。キャッチボールの延長がブルペンであり、ブルペンの延長がゲームである。だからキャッチボールからボールに気持ちを込める」
そして江夏はボールと友だちになれと教えた。
「江夏さんはボールを常にいじっているんです。要は指の感覚をすごく大切にしていたんです。ぼくも江夏さんの真似をして常にボールを持つようになりました。部屋でもボールをいじったり、寝っ転がって天井に投げてみたり。遊びの中でボールと指の感覚を掴む」
大野の投球フォームを見た江夏はぼそっと「お前、そのフォームでは駄目だよ」とつぶやいた。
「当時のぼくは、投げるときに右肩があがって天井を見てるようなイメージのフォームだったんです。その投げ方だと10球に1球ぐらいはいい球が入るかもしれない。しかし、コンスタントにいい球は行かない、と。ぼくのフォームには無駄な動き、無駄な力が入っていた。それを直すようにしました」
プロ野球選手として生き延びていく手がかりを得た
江夏は細かに口を挟むことはなかった。足の“ため”が浅い、ステップする足の位置、肘の位置が下がっているという風に、投げる際に意識する箇所を教えた。
「それができているかどうかというのが自分にとってチェックポイントになる。ボールが思ったところに行かなかったときには、ここが悪かったのだと修正できるようになる。自分一人では絶対に気がつくことができなかった」
江夏と知り合ったことで大野はプロ野球選手として生き延びていく手がかりのようなものを貰ったのだ。
78年シーズン前、大野豊はオープン戦から好調だった。15イニング無失点を記録、開幕一軍に入っている。江夏豊に教わった箇所に留意して投げると、フォームが安定し、自分の思った場所に球が行くようになったのだ。
「1年目で自信を失って、一番練習しなきゃいけない2年目のときに江夏さんと出会った。ぼくにとってすごい財産となりましたね」
8月12日、広島市民球場で行われたヤクルト・スワローズ戦で4回1死から5番手として登板。最後まで投げきり、初勝利を挙げている。5回には大野が安打を放ち、1打点も記録している。