ストレスがたまり、痴漢か性器露出の二者択一に
筆者は最初、よりによって露出かとあきれた。が、そこにも被告人なりの理由があったらしい。本人の証言を信じれば、公然わいせつ行為に及んだのはこのときが初めてで、痴漢することも考えたくらいに欲求不満が溜まっていたようだ。でも、理性がかろうじて勝ち、ならばということで露出を選んだという。
「その二者択一はどうなんだ、五十歩百歩じゃないか」という意見はあるだろう。
しかし、追い詰められた被告人は、他のストレス解消法を思いつけなかったと真顔で言うのだった。なぜなら被告人は人生で一度も風俗店などに行ったことがなく、酒も飲まないため、歓楽街は怖いところだと思いこんでいたからだ。そういう店へ行くと必ずボラれると思いこんでいたので、自分の乏しい小遣いでは間に合わないだろうと。また、妻以外の女性とつきあった経験もないので、女性とどう接したらいいかわからず、セックスすればみじめな気持ちになるだけだと決めつけてもいた。
ガマンを重ねていたが、家と職場の往復で、他に人間関係を持たず、悩みを相談する相手もいない。スポーツとは縁遠く、映画や音楽に親しむこともない。休みの日は家にいると煙たがられるので外出するが、行くところがない。そんなとき、思いついてしまったのである。
痴漢なら金もかからずスリルも満点じゃないか……。でも行動に移す度胸はなく、相手に直接触れない性器露出で手を打つことにしたのだ。
女子高生にキャーッと騒がれることで「俺、生きてる」
それにしても、と思わずにいられなかった。被告人が小心で真面目な社会人であることは、妻の証言からも、被告人質問の受け答えからもはっきりと伝わってくる。性器露出して警察に突き出されたらどうなるか、わからないはずがない。恥ずかしいだけでは済まないのだ。会社はクビになるし、離婚も覚悟しなければならないだろう。
リスクの大きさに対し、得られるものはほんの一時の快楽のみ。たとえ捕まらなかったところで、仕事がうまくいくわけでもなければ家庭不和が解消されるわけでもない。繰り返すが、性的満足を得るだけなら法律の許す範囲で可能なのだ。
にもかかわらずリスキーな方法をとったのはなぜなのか。はっきり口にこそしなかったが、断片的に語られた内容を総合するとこうなる。
<生きている実感が欲しかった>
女子高生に性器を見せ、キャーッと騒がれることが“俺、生きてるぜ”となるのかは疑問だけれど、少なくとも被告人にとってはそうだったのだ。会社では仕事だけ、友人はなく、知人さえ乏しい。家でも居場所がない。そんな人生はもう嫌だ。変装して女をおびえさせ、ショックを与える。駅に近づいたところで性器を見せ、サッと電車を降りればいい。その場さえ逃げ切れば、身元はばれないだろう。真面目一本の自分が、別の顔を持つのだ。スリル満点じゃないか。想像しただけで興奮する。大丈夫だ、一度だけやってみよう……。
結果、あえなく捕まってしまったが、うまくいったとしても、味をしめた被告人は露出を繰り返し、いずれ捕まる運命だっただろう。むしろエスカレートする前に捕まってよかった。