また、天津インターナショナルSOSクリニックの矢地孝医師は、日本人が中国でつまずきやすい理由として次のような指摘をする。
「経済成長によって都市の景観や人々の服装など、見かけは日本とさほど変わらなくなったことで、対中国社会、中国人への警戒のガードを下げてしまいがち。だから無防備のままボディブローを食らってしまう。欧米人が自分たちと異なるふるまいをしても気にしないくせに、同じ顔をした中国人がやると許せず、ストレスになる」
高層ビルが林立する都市の映像を見る限り、中国は発展していると思いがちだが、社会内部の矛盾や実情は別であり、そこに油断が生まれやすいのだ。
もっとも、中国に行けば誰もがメンタル不調に陥るわけではないだろう。海外在住日本人向けのメンタルケアサポートを行うMD.ネット代表取締役社長で精神科医の佐野秀典氏は、海外業務への適応力や発症リスクを5年にわたって指導し続けてきた。佐野氏は独自の「ストレス―脆弱性モデル」として次のようなメンタル不調発症のf.関数を挙げる。
メンタル不調発症のf.=(家族歴×既往歴×性格×業務ストレッサー×未知の因子)÷知的葛藤解決力
脆弱性とは、精神疾患へのかかりやすさや再発のしやすさ、ストレスへの対応力をいう。そしてメンタル不調の発症は、「家族歴」(家族の病歴)や「既往歴」(本人の過去の病歴)、「性格」(責任感が強い、頑固など)に、「業務ストレッサー」(業務上のストレス要因)と「未知の因子」(反日デモや日中関係の悪化に伴う不安など)とが掛け合わされたバランスによる。分母の本人固有の「知的葛藤解決力」が大きく、通常であればストレスに人一倍タフな対応ができる人でも、何かの要因で分子が重くなれば発症の可能性があるわけだ。
同社ではクライアント企業の駐在予定者にいくつかの質問項目を用意した「渡航前心理チェック」を行っているが、メンタル不調発症リスクの高いとされる「脆弱性が高い」層は全体の28%に上る。これでは高ストレス社会の中国で発症率が高まるのは必然だ。多いのはうつ病や統合失調症で、日本の発症率のざっと3倍という。
「近年、日本企業は内需縮小などの経済苦境から中国進出を図ろうとしているが、中国市場に対応した人材づくり、仕組みづくりをしてこなかった。そのつけが駐在員のメンタルクライシスを生み出している」と佐野医師は言う。