土瓦とアルミ合金の大論争

五重塔の再建時には興味深い論争が起きている。再建された五重塔は、デザインは伝統的なものだが、鉄筋コンクリートで造られ、多くの新技術が取り入れられていた。高さも15メートル高くなった。

論争の原因になったのは屋根の素材である。当初、屋根には伝統的な土瓦が用いられるはずだったが、軽量で耐久性のあるアルミ合金が候補に挙がったのだ。はたから見れば、どちらでも良いような気もするが、浅草寺内部は土瓦派とアルミ合金派に二分された。

土瓦派の主張は、「飛行機や食器に使われるような新素材を伝統的な寺院に用いるべきではない」というものだ。一方、アルミ合金派は、「そもそも寺院はその時の最高技術を集めて造られてきており、現代ではアルミ合金こそふさわしい」と反論した。実際、関東以北の寺院には銅で屋根を葺(ふ)く寺も多く、「金属蔑視は不当だ」と主張したのだ。

本当にどちらでもいいが、理屈としてはアルミ合金派のほうに分があるように思われる。屋根瓦問題委員会まで組織されて論争は続いたが、結局、見た目は土瓦と遜色ないアルミ合金の瓦が新たに開発され、それが採用された。要するに、さらに最先端の技術が用いられることになったのである。

最新技術の採用という考え方は、その後の浅草寺にも引き継がれている。地元の人はたいてい知っているが、2007年には宝蔵門、2009年からは本堂の大規模改修が行われた。この時、屋根を葺くのに用いられたのはチタン製の瓦だ。通常の瓦よりも頑丈で、軽いために建物への負担も軽減されるといった多くのメリットがあり、現在では、他の神社仏閣でも採用されるようになっている。

浅草は近代技術で染められた街だった

当初、凌雲閣こそ浅草のシンボルであったが、これは30年程度で姿を消してしまった。浅草の塔として存在感を放ったのは、やはり五重塔と仁丹塔だろう。そして、その合間に現れたポニータワーは浅草という街のイメージ転換を示している。

戦前、劇場・映画館・演芸場・カフェが立ち並んだ浅草は近代文化の発信地であった。日本初のエレベーターを備えた凌雲閣、耐震構造の五重塔、土瓦よりもアルミ合金瓦というように、浅草は近代技術で染められた街であった。そして、この近代的なイメージとの関係でいえば、実はポニータワーこそが凌雲閣の正統な後継だったのかもしれない。だが上述のように、当時でもポニータワーは最先端ではなく、それがこの塔の短命をもたらしたと言える。

戦後、浅草は斜陽の街となり、徐々に下町情緒や江戸文化を売りにするようになる。五重塔が再建され、ポニータワーが解体された1970年前後はまさにその転換期であった。そして、江戸回帰によって浅草は復活する。だが、江戸イメージに基づく浅草人気を支えるのは入念な観光マーケティングだ。2012年には雷門の向かいに隈研吾設計の浅草文化観光センターが作られた。再建された五重塔と同じく、伝統的な姿形でありながら、浅草は、最新の技術やデザインによって支えられているのである。

岡本 亮輔(おかもと・りょうすけ)
北海道大学大学院 准教授
1979年、東京生まれ。筑波大学大学院修了。博士(文学)。専攻は宗教学と観光社会学。著書に『聖地と祈りの宗教社会学』(春風社)、『聖地巡礼―世界遺産からアニメの舞台まで』(中公新書)、『江戸東京の聖地を歩く』(ちくま新書)、『宗教と社会のフロンティア』(共編著、勁草書房)、『聖地巡礼ツーリズム』(共編著、弘文堂)、『東アジア観光学』(共編著、亜紀書房)など。
(写真=時事通信フォト)
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