上質=経験+オーラ+個性

オーラだけあっても経験、個性が伴わなければ、上質感はたちどころに失われます。本書で紹介されていたティファニーやCOACHの例でもあるように「手に届くラグジュアリー」といういいとこどりの戦略は、かえって上質さを殺ぐことになります。質を追求するのであれば、実質のないオーラだけでなく、経験、個性といったものがすべてそろっていなければなりません。アウトレットで大量に売られていたり、学生でも簡単に手に入るものがラグジュアリーといえるでしょうか。

上質を求める顧客は商品をそのものだけではなく、それを使う経験に対してもお金を払っています。スターバックスのコーヒーがドトールのコーヒーより高いのは、座り心地のいい椅子でゆったりとコーヒーを飲むという経験まで値段に含まれているからです。そういうことを売る側がきちんと理解して、それを嫌味にならないよううまく顧客に伝えられたときにオーラが生まれ、それが何度もフィードバックされてある種のブランド神話のようなものが生まれるのです。

ただ、神話レベルにまで高められた上質も、一歩間違えば簡単に希釈されてしまいます。テクノロジーとイノベーションの影響により、上質と手軽の水準は絶えず押し上げられていて、現状に甘んじて改善を積み重ねることのない企業はすぐに不毛地帯に転落するおそれがある、とメイニーは指摘しています。

興味深いのは技術革新やビジネスモデルの大転換がないところにも、上質と手軽のトレードオフがいくらでも転がっているという点です。

たとえば衣料品。スーパーの衣料品は、値段が手ごろで買いやすい、つまり手軽さが強みでしたが、ユニクロやしまむらが出てきて、徹底した低価格を追求、都市部に出店攻勢をかけたために、太刀打ちできなくなりました。もしあなたがスーパーの経営者だったら、この事態をどう打開するでしょうか。昨今のユニクロは手軽な服からより上質な服へとシフトを切っているようにも見えますが、果たして成功するでしょうか。トレードオフの概念で考えてみると、さまざまな仮説が描けます。

ハンバーガー業界の動きもこの概念にあてはめて考えることができます。いま「注文を受けてから焼きます」という上質路線で勝負していたモスバーガーが苦戦しています。上質という軸ではフレッシュネスバーガーやクアアイナなど、より個性的なチェーンが存在感を増しており、手軽さでは圧倒的価格競争力のあるマクドナルドが独走状態です。さらにマクドナルドは前出のアメリカン航空のように、低価格というセグメントのなかで上質を狙う動きも見せています。

いまの日本市場は成熟していて、物質的な飢餓感は希薄です。はなから上質など求めない時代に突入しているといってもよいかもしれません。既存プレーヤーは、低価格や使いやすさを武器にした新参者に対して「優れた質」をもって戦おうとしがちですが、そもそも消費者が既存の枠組み内での上質を求めているかどうか、そこから問い直すべきでしょう。メイニーは「上質か手軽か」を「上質とは愛されることであり、手軽とは必要とされることである」という絶妙な表現で置き換えていますが、技術が優れているとか、手間隙をかけて作ったという事実だけで「愛される」ことはないのです。

※プレジデント社の新刊『トレードオフ』より転載。