本書の内容を一言で言い表せば「中途半端はだめである」ということに尽きます。まさに「戦略とは捨てることなり」で、成功したければ上質か、手軽か、その一方を選びなさいということです。

競争戦略の用語にStuck in the middleというものがあります。直訳すると「中途半端なところで立ち往生する」という意味ですが、差別化にも低コスト化にも不徹底である状態を指しています。 ケビン・メイニーはこれを「不毛地帯」と空間的イメージで説明しました。欲張って上質と手軽同時に目指そうとすると、この不毛地帯に陥ってしまうというわけです。

本書でいくつも例が挙げられているように、多くの商品がこの不毛地帯に陥っています。鳴り物入りの商品が期待はずれに終わったり、一世を風靡したヒット商品が意外なほどすぐに廃れてしまったり。なぜ、上質と手軽のどちらか一方を極めることがそれほどまでに難しいことなのでしょうか。

ひとつには、上質と手軽の定義は時間とともにかわる相対的なものであるからです。ある時期に上質をきわめて成功したものが、いつのまにか上質とみなされなくなっていく。また、手軽をきわめてヒットしても、さらに手軽なものが出てきてしまう。こうした変化する状況に対して、そのときどきで上質をとるか、手軽をとるか、判断し直さなくてはなりません。

本書では、スターバックスが上質なコーヒー店として成功したのち、店舗を拡大しすぎて普通のコーヒー店になりつつある、つまり上質感を失いつつあることが指摘されています。日本では、スターバックスの上質に対して、手軽で勝負しているのがドトールコーヒーでした。そこへマクドナルドの100円コーヒーが登場しました。「さらに上を行く手軽」からの挑戦です。企業は常により上質な競争相手、より手軽な競争相手からの挑戦を受けています。

たとえば、ピープル・エクスプレスという格安航空会社が当時としては常識はずれの低運賃で既存の航空会社を出し抜いた例が紹介されています。これに対して危機を感じたアメリカン航空は、ピープルに対抗できる低運賃を実現しながら、ピープルよりも上質なサービスを追及しました。つまり「格安航空を利用する顧客」というセグメントのなかで上質をきわめることで勝負したのです。アメリカン航空は、この戦略によってピープルを打ち負かしました。既存企業の逆襲として見事な例です。日本の例でいえばJTBがHISにどう対抗するかが同じような課題になるでしょう。

このケースが示唆している重要な点は、上質と手軽はセグメントごとに考えなくてはならない、ということです。年齢層、国、所得などによって、何を上質または手軽と感じるかはまったく違ってきます。たとえばキンドルのメインユーザーは40~50代です。本に近い読書体験を提供してくれるデバイスだからでしょう。しかい若い人にとっては、キンドルよりも普通の携帯電話や

iPod touchやiPhoneのほうが手軽な電子書籍リーダーなのです。彼らはスクリーンで活字を読むことに慣れているので「紙と同じように読める」ということを「上質な体験」とは感じないのです。

上質か手軽の一方を選ぶことがかくも難しいもうひとつの理由は、何が上質か、何が手軽かを企業が自分で判断できないという点にあります。その判断をするのは自社でも同業他社でもなく、消費者です。たとえばiPodやiPhoneにはマニュアルがありません。ライバル企業からみれば「利用者に不親切」「非常識」とうつっても、消費者は説明書を読まなくて使えるから便利で、しかも紙を使わないから環境にもいいと感じるかもしれない。

いま、若い人の多くがニュースを新聞などの印刷メディアではなく、ネットから得ています。簡単に、タダで、いちはやく手に入れられて、そこそこ信頼できる情報。彼らにとってはそれで十分なのです。新聞を売る側が「われわれは信頼性が高くて上質なサービスを提供している」と主張しても、若い人たちが本当にそう思わなければ買わないでしょう。

音楽も同様です。2万円も3万円もするオペラのチケットを躊躇なく買う層にとっては、コンサートが上質で家庭用のオーディオで聴く音楽は手軽ですが、音楽はもっぱらネットから音楽をダウンロードして聴く人にとっては、わざわざCDを買ってきて専用のプレーヤーで聴くのは上質な経験です。

同じモノやサービスに接しても、それを上質と感じる人もいれば手軽と感じる人もいる。どちらのセグメントの人々を相手にするのか。あくまでも消費者起点で考えなければ判断を誤ります。

手軽の条件としては、価格が安い、使いやすい、手に入れやすいなどがあげられています。これらは比較的わかりやすい特性ですが、上質の条件となると、一筋縄ではいきません。より主観的で感覚的な要素が入り込みます。そこでメイニーは、上質を次のように因数分解しました。