「安くてうまいごちそう」という理想
例えば、前出の松本楼のカレーも当時200円だったが、この頃の日本は「狂乱物価」まっただなか。第一次オイルショックで、物価は毎年のように2ケタ上昇。1973年11.7%、1974年23.2%、1975年11.7%という大幅な物価上昇を記録している。再スタートを切ったばかりの松本楼にとって、値上げという判断はしづらかったろう。
まだ外食産業黎明期だった当時、世の中のメニューは「200円」全盛だった。吉野家の牛丼の並盛りも200円(1975年に300円に値上げ)だったし、マクドナルドのビッグマックも同じ価格。1970年代前半には「外食=ごちそう」の目安が200円だったのだ。
ちなみに松本楼のカレーは2017年現在、「三元豚のカツカレー」「シーフードカレー」「季節の野菜カレー」など1280円が中心価格帯となっている。高級なごちそうの趣である。一方、吉野家の並盛りとビッグマックは380円と物価の上昇率を反映しきってはいない。
すべての外食が「安くてうまいごちそう」を目指した時代から、40年以上が経過したいま、東京は世界最高峰のグルメ都市になったと言われる。ここには「安くてうまい日常食」から「値段は張るがうまいごちそう」まで、あらゆる「うまい」がある。
そんな日本の外食文化の嚆矢は1970年代の外食産業黎明期、マンガのなかで象徴的に描かれていた。『包丁人味平』の「キッチンブルドッグ」は、「安くてうまいごちそう」という、人々が外食に求めるすべての要素を詰め込んだ洋食店だったのだ。
東京都武蔵野市生まれ。ライター/編集者/「食べる」「つくる」「ひもとく」フードアクティビスト。テレビ、ラジオでの食トレンド/ニュース解説のほか、『dancyu』などの食専門誌から新聞、雑誌、Webで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食と地方論」をテーマに幅広く執筆、編集を行う。著書『新しい卵ドリル』『大人の肉ドリル』などのほか、経営者や政治家、アーティストなどの書籍企画や構成も多数。「マンガ大賞」選考員。