日本を代表するカルチャー──「食」と「マンガ」
日本は美食の国である。訪日外国人消費動向調査2016によれば、外国人旅行客の旅行消費3兆4771億円のうち飲食費は7574億円に上り、2013年からの3年間で2.6倍という急成長を遂げている。言わずもがな、東京のレストランはミシュランガイドでもニューヨークなど他の都市を遥かに凌ぐ数の店が星を獲得している(2017版では東京227軒、ニューヨーク77軒)。しかし日本には美食家が舌鼓を打つ高級なレストランだけでなく、うまい大衆食も山ほどある。上を見ても下を見てもキリがない層の分厚さ。これこそが「日本の食」の本質ではないか。
かたや、日本はポップカルチャーの国でもある。本が売れないと言われるようになって久しいが、ことマンガとなると話は別だ。実はいまマンガ、特にコミックス(マンガ単行本)はスマホやタブレットに媒体を移し、活況を示している。電子コミックの市場規模は2013年度に731億円だったのが、2014年度に1000億円を突破し、2015年度には1277億円へと拡大(インプレス調べ)。いっぽう、売上2200億円台で推移していた紙のコミックスは、2015、2016年の2年間合計で300億円ほど落ち込んだ。だが、電子コミックスの売上は同じ2年間で600億円増と急伸(出版月報2017年2月号特集『紙&電子コミック市場2016』より)。紙のマイナス分を補うほどの成長ぶりを見せた。全体としてのコミックス市場はいまなお膨張し、その表現手法はますます多彩になっている。
「食」と「マンガ」は、この国のエンターテインメントを象徴する“文化”である。そして「食」と「マンガ」には、日本がたどってきた時代それぞれの社会背景が映し出されている。「マンガにおける“食”の表現」をつまびらかにし、近代日本人の食や生活と対比させながら考察することは、この国の社会や文化の近代史をひもとく作業にほかならない。
さて、さきほど「日本におけるマンガの表現手法は多彩である」と述べた。一般にマンガの表現手法は、戦後から高度成長期にかけて『鉄腕アトム』『火の鳥』などの名作を遺した「マンガの神様」、手塚治虫以前と以降で語られることが多い。
だが、表現手法の革新はそれほど単純ではない。日本のマンガ史は、古くは平安時代の『鳥獣人物戯画(鳥獣戯画)』に遡るとも言われる。江戸時代には「フキダシ」などの手法も生まれた。幕末から明治にかけて横浜の英国人C.ワーグマンが発行していた『ジャパン・パンチ』に影響され、1874年(明治7年)には『安愚楽鍋』や『西洋料理通』など文明開化時の食を紹介した仮名垣魯文らが日本初のマンガ雑誌『絵新聞日本地(えしんぶんにっぽんち)』を刊行した。