「総合的食マンガ」の先駆者、『包丁人味平』

このように日本のマンガには長い歴史がある。だが「食」という、誰にとっても親しみのあるテーマに特化した作品が登場したのは、この数十年の話。自身がグルメだったという手塚の作品にも、本格的な「食」のシーンはそれほど盛り込まれていない。手塚作品だけではない。いまでこそ「食マンガ」「グルメマンガ」はマンガの人気カテゴリーとして位置づけられるが、それはマンガ史において“近現代”のことなのだ。

1945(昭和20)年に第2次世界大戦は終わったものの、当時の日本では「食」という人間にとって根源的な営みすらままならなかった。戦後、近代マンガでジャンルとしての確立が早かったのは、学園、スポ根、恋愛といった10代の若者に共感が得られやすい作品だった。読者への訴求力に加えて、学校生活やそこにまつわるスポーツや恋愛など、作者の実体験がストーリーに反映しやすかったという面もあるだろう。

1973(昭和48)年は戦後の高度成長期、最後の年だ。国内での出生数は209万人とピークを迎えた。大卒初任給は6万2300円となり、前年より2割近く上がった。ちなみに芸能界では昭和歌謡のレジェンド、山口百恵がデビューした年でもある。週刊少年ジャンプでは、原爆をテーマにした「はだしのゲン」の連載も始まった。

そしてその3週間後、日本の食マンガにとってエポックメイキングな作品となる『包丁人味平』もジャンプでの連載を開始する。作者のビッグ錠は当時をこう回想する。

「とにかく誰もやっていないテーマを、と考えていたんです。当時は『職業』をテーマにしたマンガはなかったし、僕自身子どもの頃から、職人が大好きだった。ちょうど受験戦争が過熱し始めたころで、そうした風潮に反抗する主人公が、腕一本でのし上がっていく。そんな作品を描きたかった」(2017年2月17日『ビッグ錠のわが町とマンガ展』トークショーにて)

ビッグ錠のデビュー作は『釘師サブやん』というパチンコを題材としたマンガだった。食マンガの『包丁人味平』はメジャー2作品目。実は以降もカメラマンや塾講師、大工、陶芸家など、ビッグ錠はさまざまな"職業マンガ"を描いた。ただし、味平のインパクトは強かったようで、結局、求めに応じるなどして、ビッグ錠は以降も「食」にまつわるマンガを数多く描くことになる。

『包丁人味平』は築地の料亭で、花板を張る名人の一人息子、塩見味平が洋食のコックへの道を志すシーンから始まる。父の塩見松造は「いまの世の中せめて大学はでておらんと」と息子の未来に期待を抱く。だが、「安くてうまい」料理を作りたい味平は父親の反対を押し切り、新宿の洋食店「キッチンブルドッグ」に入店する――。

『包丁人味平』1巻より。料理の道に進みたい、という思いを熱く語る味平。