「ロース肉」とはどういう意味か。2010年、消費者庁はモモ肉を「ロース」と表示しないように業界団体に求めた。フードアクティビストの松浦達也さんは「ロースは本来、牛肉の背中側の部位を指す言葉だが、焼肉業界では赤身という意味で使われてきた。肉の良しあしは部位で判断するものではなく、消費者庁の対応は根本的にズレている」という――。

※本稿は、松浦達也『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

網の上で焼いている肉
写真=iStock.com/taka4332
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2010年に急浮上した「焼肉店におけるロース問題」

小さな肉片を焼く「焼肉店」だからこそ発生する問題もある。「焼肉店におけるロース問題」と聞いてピンとくる人は、少なくとも10年以上、焼肉に注意と関心を払ってきた焼肉リテラシーの高い人だろう。

まずこの問題は何かというところから紹介したい。この事案が世の中に可視化されたのは、2010年10月7日のことだった。当日付の新聞はこんなふうに伝えている。

焼き肉店がメニューに「モモ」肉などを「ロース」と表示して客に提供しているとして、消費者庁は7日、景品表示法に基づき、業界団体に表示の見直しなどを求めた。モモ肉は、背中の部位を指す「ロース」と肉質が似ているため、一般の人には見分けがつかないという。業界では「長年の慣行だった」としている。焼き肉店のメニューに「モモ」が加わる日も近そうだ。(2010年10月7日付朝日新聞東京販夕刊)

そう、焼肉店で出されるような小さな肉片では一般の客には部位の見分けがつかない。本書の第3章でも紹介しているように、牛の部位は覚えきれないほど多い。肩ロースやサーロイン、ヒレなど食肉小売品質基準での大分類でも11部位ある。精肉店の場合は、この11分類に沿った部位の名前で売ることが定められている。

100近くある部位を正確に表示することは不可能

もっとも肉の部位はそれほど簡単に割り切れるものではない。

例えば、背中側を貫く「ロース」などは、リブロースとサーロインのようにひと続きでも、名称が切り分けられている。

焼肉店で見かける「イチボ」「カイノミ」のような部位は無数にある。小さな部位も含めると正肉だけで40以上、名前のついていないような細かな部位も含めると100近くになるという。

「えっ、そんなに?」と口走りたくもなるが、四肢を含めて筋膜や骨、脂肪で隔てられた筋肉の数だけ部位はあるわけで、そこまで細かく分けると、店頭で正確に分割し、表示することは事実上不可能だ。だからこそ、大分類で11に分けるのだが、これはあくまで「食肉小売品質基準」に基づいた精肉販売の店舗の話。飲食店はその網の外にある。