大衆店の「ロース」「カルビ」表示は変えてほしくない

この“事件”から10年以上が経過した。焼肉店のメニューを眺めてみると、「ファミリーロース(かた・うで肉を使用)」「黒毛和牛ロース(もも・かた肉を使用)」と表記する安楽亭のような大手チェーンもあるが、消費者庁の解釈どおりに「優良誤認を招くから」という理由で、メニューの厳正表示に取り組んでいる店はそう多くない。それでも客は喜んで「ロース」を注文し、いつもどおりの「ロース」に舌鼓を打っている。

松浦達也『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)
松浦達也『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)

僕としては、高級店ならばメニューはできるだけ正確な部位名で知りたかったりもする。正確な部位がわかれば、特徴もわかるかもしれない。そうすればよりおいしく焼くことができるからだ。他方で長く通う信頼する大衆店ならば、メニューの「ロース」「カルビ」という表示を変えてほしくない。焼肉店においては、そうした味のある郷愁感も含めてごちそうなのだ。

物事にはさまざまな見方がある。ただ正しいというだけで、消費者の暮らしに寄り添っているとは限らない。もちろん店はできる限り、まっとうに営業してほしい。でも、たった一人の客に気に食わないことがあった程度のことで、いきなり通報されるような相互監視社会では息苦しくて仕方がない。

焼肉店はおいしく、楽しく食べる場所であってほしい。この件は昨今よく見聞きする「××警察」「▲▲ポリス」に象徴される、息苦しさと正確さの狭間のどこで私たちが生き、個人として、社会としてどう受け入れるか(もしくは拒絶するか)など、現代社会で問われがちな“寛容性”についての先行事例として、そして自らへの戒めとしても覚えておきたい。焼肉を通じて、こんなことにも思いを馳せることができるのだ。

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