海外で生活していた金正男は多数の外国人と交流した。海外メディアの前に明るく姿を現し、一族による権力継承を批判した過去もある。その姿を見て、金正男に最高指導者になってほしいと思った人たちは結構な数いたであろう。だが、政治に興味がないという金正男が、政治家の仕事をできるとは到底思えない。また金正男は10代から20代にかけて、一緒に住んでいた伯母や祖母や従姉が手を焼くほど素行が悪かった。そして父・金正日はそんな金正男を選ぶことはなかったのだ。

実は、金正男は北朝鮮の人々にほとんどその存在を知られていない。金正日の子供たちは、一般社会から隔離されて育てられたからだ。これは金正恩の同母兄である金正哲も同様である。

一方、北朝鮮の一般人にその存在を知られている一族には、金日成の同母弟である金英柱・最高人民会議代議員(国会議員に該当)、金正日の異母弟である金平一・駐チェコ大使がいる。しかし金英柱はもはや96歳の高齢で、実務はできないだろう。金平一は約37年間外国で暮らしており、時折帰国する程度で北朝鮮の政治にほとんど関係していない。

まだ金正日が存命中のころの話であるが、筆者のもとに、金平一が次の最高指導者になる可能性はあるかと打診してきたポーランドの学者がいた。当時、金平一は駐ポーランド大使であり、親交があるポーランド人がいてもなんら不思議ではない。彼が言うには、友人である金平一は、博識であり、紳士的であり、いくつもの言語を使える有能な人物であるという。それでも、北朝鮮の最高指導者にはなれないだろうと私は言った。前の最高指導者と朝鮮労働党が認めた正統性が欠けているからである。

金平一と同じく、金正男も外国暮らしが長く、北朝鮮で要職の地位になかった。たとえ中国が支持したり、韓国が亡命政権をつくったりしても、金正恩の正統性には到底及ばないし、地位を脅かすとは思えないのだ。

北朝鮮は、政府や党中央レベルでテロや殺人を海外で実施してきた。だから、金正男殺害も金正恩が命令したものという印象を受けやすい。しかし政治的には、金正恩が金正男を殺す理由は見当たらない。もし金正恩が金正男の殺害を命令したとすれば、個人的な怨恨、もしくは過去の金正男の発言に対する制裁ぐらいしか見当がつかないのである。

(時事通信フォト=写真)
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