自社の強みを捨てた技術者たちの「妥協」
そこで開発チームは思い切った判断を行う。まず、世界でトップシェアを誇っていた自社のスキャナの光学的な技術を使うことを断念した。物理的な解決を諦めて、ソフトウェア上での解決に転換したのだ。また、写真を反射しないようにするのではなく、あえて反射したままスキャンして、ソフトウェア上でデジタル処理するようにした。これは発想の転換だった。技術者たちにとっては大きな妥協だったが、それよりも商品化する方を優先したのだ。
「Omoidori」の仕組みは、ケースの内部でアルバムに貼られた写真を左右から交互に光をあてて2回撮影する。それぞれ反射していない右半分と左半分を継ぎ目がわからないようにソフトウェアで合成すれば、反射していない画像が完成する。その後も、ケースの形状についての試行錯誤が続き、現在の形になったのは2013年頃だった。
わずか4人の商品開発チーム
ところで、2015年に「Omoidori」の商品化プロジェクトを引き継いだ佐藤さんは、パーソナルビジネス営業部に所属している。スキャナなどのBtoC寄りの商品を販社に販売したり、プロモーション企画を行ったりする部署である。
通常、PFUでは企画部、技術部、販売推進部、営業部など多くの部署が一つの商品にかかわるが、「Omoidori」に関しては、営業部の佐藤さんと技術メンバーの2人、商品企画メンバーの1人という計4人の最小ユニットで商品企画からプロモーションまでを一気通貫で行った。「Omoidori」の専属は、営業部の佐藤さんと企画部の女性社員2人だけだ。
「社内でも珍しいケースです。でも、最少人数の分だけ、思いを早く共有できましたし、意思決定も非常にスピーディーにできました。これまでの自社の商品とはまったく違う商品なので、このようなチーム編成が許されたのだと思います」と佐藤さん。
佐藤さんはデザイン会社「エイトブランディングデザイン」とともに、新たに製品コンセプト、ブランドの方向性などについて練り直した。夜遅くまで議論が続くことも多かったという。その結果、「世界に1冊の想い出を、手のひらに」という製品コンセプトが生まれ、複数の候補の中から「Omoidori」という名前が選ばれた。佐藤さんとエイトブランディングデザインによる共同の企画書が完成したのは2015年9月だった。
プロダクトデザインは、「想い出を残すためのツール」という商品の特徴を表現しつつ、幅広い世代に受け入れられるユニバーサルなものを目指した。「デザインには半年ほどかかっています。お皿を持ってきて、『こういう温かい色味がいい』などと検討し続けました」(佐藤さん)
プロダクトデザインが固まり、社内向けの企画書が完成したのが2016年2月。同時にプロモーション用のプレスリリースやブランドムービーも作成された。どのように顧客にアピールするかを明確にするため、先にプロモーション素材を制作するのがPFUのやり方だ。予算がなかったため、ブランドムービー(記事1ページ目の動画)には佐藤さんと佐藤さんの家族が出演した。
「Omoidori」のターゲットは45~65歳
「Omoidori」のメインターゲットは「45歳~65歳」。この世代は子育てや仕事が落ち着いて、自分の人生を振り返ることが多くなる。実家に帰ったとき、アルバムを開いて自分のルーツに思いを馳せる人も多いだろう。また、SNSや友人との会話で自分語りをするのが好き。そんなとき、昔の自分の写真があれば、さらに盛り上がるはずだ。
サブターゲットは「30代~40代」と「65歳以降」。この世代は、結婚式や葬式など、何かきっかけがあって人生を振り返ることがある。また、子育て世代なら幼稚園や小学校から紙焼き写真をもらってくることが多いので、写真の整理をする機会も多い。シニアなら自分史を作るときにも過去の写真を見ることになるだろう。親世代の遺品である写真を整理する機会もあるはずだ。
一世帯あたりのアルバム保有数は40代が一番多い。親のもの、自分のもの、子のものと、3世代にわたるアルバムを持っているからだ。したがって、40代の男女が主なユーザー層と想定されている。
競合するのはアルバムの電子化を代行するサービスだ。サービスの利用者は「Omoidori」と同じ30代、40代、50代で男女比は半々ぐらいというデータがある。利用目的も写真の整理だが、手軽さは「Omoidori」の方が圧倒的に上である。