「教える」を手放すと、大人も学ぶ

藤原和博(ふじはら・かずひろ)●奈良市立一条高等学校校長。1955年、東京都生まれ。78年東京大学経済学部を卒業後、リクルートに入社。東京営業統括部長、新規事業担当部長、ヨーロッパ駐在などを経て、96年同社フェローとなる。2003年より、都内では義務教育初の民間出身校長として杉並区立和田中学校に5年間勤務。その後橋下徹知事時代の大阪府教育委員会の教育政策特別顧問などを経て、2016年より現職。著書として『人生の教科書[よのなかのルール]』『リクルートという奇跡』『必ず食える1%の人になる方法』『藤原先生、これからの働き方について教えてください』など77冊。
奈良市立一条高等学校
http://ichilab.jp

【藤原】おそらく中学受験が選択のタイミングになるでしょうね。これは本人の選択というより、親が選んでしまっていますが、中学受験して私立の進学校に進み、東大や京大を狙わせる場合は、徹底して詰め込み型でいくわけです。いま私立の中高の多くは、子どもを一流大学に入れたい親たちの要望に応えるため、特色のない進学校になってしまいました。そう考えると、むしろ公立学校のほうが、思い切ってアクティブ・ラーニングに取り組む余地があると思います。

【若新】変化の余地は私立じゃなくて、公立のほうにあるわけですね。いま公立校の統廃合が進んでいますが、高校を偏差値順で上から縦に選ぶんじゃなくて、学び方の違いで横に選べるといいですよね。こっちの高校は詰め込み型だけど、あっちの高校は自分たちで試行錯誤しながら学べる。どちらのレベルが上か下かではなく、どっちが合いそうか、楽しそうかみたいな感じで。

【藤原】将来的には大学入試センター試験が知識や記憶力を試すものに加えて、思考力、判断力、表現力を重視する傾向が強くなり、文科省もAO入試を増やすよう大学を指導していく方針です。そういったことを考えても、僕は2020年代中にアクティブ・ラーニングを重視する高校が生まれると思います。ただ、そこで障害があるとすれば2つです。

ひとつは、先生というのは、基本的に正解を教えたい人なんです。ある問題を生徒に投げかけると、生徒が悩む。自分だけが解き方を知っていて、それを最後に教えたときに「先生ってすごい!」とリスペクトされる。これが喜びになるんです。逆に正解がない課題を扱うと、自分が輝けなくなってしまうんですね。

もうひとつは、背後にいる保護者の意識です。保護者は意外と偏差値にこだわっているし、序列を意識しています。普通の高校から普通の大学へ進学し、普通の会社に就職してうまくやってきたという自分の成功体験から、子どもにも同じような道を進ませようとする。けれども、もはやそれができない時代になっています。そこの意識を変えないといけません。

【若新】そういった障害はありますね。「先生は正解を教えたい人」という指摘は、僕がまさに次に話したかったことです。アクティブ・ラーニングというと、これまでどちらかといえば、教育を受ける側の子どもの学びが注目されてきました。でも、福井県鯖江市において実験的政策として行った「鯖江市役所JK課」で僕が意図したのは、メンバーであるJK(女子高生)の学び以上に、周りで関わる大人たちの変化や学びが生まれることです。

最初、市役所の職員や地域の活動家たちのなかには、女子高生たちに社会人マナーを教えたい、地域活動について指導したいという人がいました。でも僕がそれを禁止してもらったんです。最初、大人たちは戸惑っていました。教えてはいけないなら、大人の役割や価値はなんだ、って。

それでも続けていくうちに、職員の方たちが自分の変化を教えてくれるようになりました。“教えてあげなきゃ”と思っていた女子高生たちと時間をかけて向き合ってもらうなかで、答えのない問題を一緒に悩んだり、目線を合わせて考えたりしながら、みんなで新しいものを見つけていくファシリテーションができる大人が育ってきました。「教える」をやめることで、「教える」「教えられる」という関係では起こり得なかった、組織全体の新たな発展があるのではないかと思っています。